第2章
彩也香がくれたお守りの鈴を身につけてから、十六年間も私を悩ませてきた悪夢が、本当に消えた。
この一ヶ月、私は毎晩安らかに眠りにつけている。もうあの赤い着物の女を夢に見ることも、恐怖で跳び起きることもなくなった。
さらに不思議なことに、私の体調もずいぶんと良くなった。以前はすぐに風邪を引いて熱を出していたのに、今では気力に満ち溢れている。まるで鈴が本当に何か不思議な力を持っているかのようだ。
この一ヶ月、彩也香はずっと私のそばにいてくれた。もっとも、彼女はいつも神出鬼没だったけれど。
庭で祖父の古い本を整理していると、ふと顔を上げた先、縁側に腰掛けて小さな足をぶらぶらさせながら、にこにこと私を見ている彼女がいたり。台所で昼食の準備をしていると、振り返った時にはもう、床に落ちた箸を拾ってくれていたり。
だが一週間前、彩也香の表情が真剣なものに変わった。
「秋子お姉ちゃん、村で事件があったんだ」
彼女の声は低く抑えられていた。
「神社の裏にある大きな槐えんじゅの木で、昨日の夜、女の人が首を吊って自殺したの」
私の心臓がどきりと跳ねた。
「本当なの?」
「本当だよ。警察も来たんだから」
彩也香の顔は少し青ざめている。
「若い女の人だったみたい。都会の彼氏に騙されて、思い詰めちゃったって……」
彼女は首を掻き切るような仕草をした。私は思わず身震いする。
翌日、私は案の定、数台のパトカーが村に入ってくるのを見かけた。
村人たちはひそひそと噂し合っている。現場検証をして、死因を特定するのだそうだ。
さらに二日後、規制線が撤去され、警察は自殺と断定した。
「秋子お姉ちゃん、絶対に気をつけて」
彩也香は私の手を強く握った。
「村のお婆さんたちが言ってた。首を吊って死んだ人の怨念は一番重くて、その魂は近くを彷徨って、身代わりを探すんだって」
彼女の手はぞっとするほど冷たく、その瞳には私の読み取れない憂いの色がよぎった。
「お守りの鈴、絶対に失くしちゃだめだよ。一瞬たりとも体から離しちゃだめ」
今日、祖母と父は県のほうへ用事があって、夕方近くに出かけていった。家には私一人だけが残された。
一人で資料を整理していると、少し蒸し暑く感じたので、三階の物置に扇風機がないか探しに行くことにした。
祖父の家の三階は普段ほとんど人が上がらない。私たち家族は東京に住んでいて、遠野に戻ってくるのは本当に久しぶりだった。
物置の扉を開けると、中は古い家具や段ボール箱で埋め尽くされ、空気には古びた黴の匂いが充満していた。
隅の方をごそごそと探していると、ふと奇妙な痕跡に気づいた。
床に、お菓子の包装紙がいくつかと、空のペットボトルが一つ。
さらに奇妙なことに、部屋の隅にある布団は明らかに誰かが動かした跡があった。
誰かがここで生活していた?
心臓の鼓動が速くなる。だが、すぐに野良猫でも入り込んだのかもしれないと自分を慰めた。
なにしろこの古い屋敷は長いこと誰も住んでいなかったのだ。小動物が時々入り込むのもおかしくはない。
私は扇風機を見つけ、そそくさと三階を後にした。
夜、お風呂に入ろうとした時、私は習慣的に胸元に触れた。
鈴がない!
心臓が喉元までせり上がってくる。
あの赤い紐はいつの間にか切れてしまっていた。でも、鈴はどこに落ちたのだろう?
『失くしちゃだめ、一瞬たりとも体から離しちゃだめ』
彩也香の言葉が耳元で蘇り、私の手は震え始めた。
私は急いで全ての明かりをつけ、部屋中を探し回った。ベッドの上をひっくり返し、引き出しの中を漁り、さらには床に這いつくばって畳の隙間まで隈なく探したが、何もない。
台所、庭、居間……思いつく限りの場所を全て探したが、やはり見つからない。
残るは三階だけだ。
私は懐中電灯を掴むと、三階へ続く階段の入り口へと向かった。
階段の入り口の上には、旧式の白熱電球が一つぶら下がっており、薄暗く弱々しい光を放っている。
その光は、まるでいつでも完全に消えてしまいそうに、明滅を繰り返していた。
さらに奇妙なことに、三階の物置から微かな光が漏れ出ているのが見えた。
電気がついている?
午後に離れる時、確かに消したはずなのに……私の記憶違いだろうか?
カチッ——。
頭上の電球がまた一つ瞬き、階段の入り口全体が瞬時に暗闇に包まれ、そして再び明るくなった。
私は深く息を吸い、懐中電灯のスイッチを入れ、最初の一段に足をかけた。
夜の階段はことさら狭く感じられ、木製の手すりが懐中電灯の光の下で不気味な影を落とす。
一段踏みしめるごとに、床板が「ギシッ」という音を立て、静寂の夜にひときわ耳障りに響いた。
上へ行けば行くほど、三階の物置から漏れる光がはっきりと見えてくる。
それは階段の入り口の白熱灯と同じような弱々しい黄ばんだ光だったが、暗闇の中ではひどく目立った。
きっと電気を消し忘れたんだ。私は心の中で繰り返し自分に言い聞かせた。
しかし、なぜだろう。その光が微かに揺らめいているように感じるのは。まるで……まるで、何かが中で動いているかのように。
