第2章
「で、そうしないとどうなるの?」私は小首をかしげ、心底おかしそうに笑った。声には恐れの欠片もない。
ブライアは、まるで世紀の冗談でも聞いたみたいに、わざとらしく鋭い鼻で笑った。
「そうしないと、指を鳴らして、あんたみたいな下賤なゴミを跡形もなく消してやる!」
私は乾いた笑いを漏らした。
「あんた、いったい何様? おこぼれをねだるだけの役立たずの飾り物でしょ。威勢のいいことばっかり言ってるけど、あんた自身の力で、私の髪の一本でも触れられるの?」
ブライアの尊大な薄笑いが消えた。
安物のノーブランドの服を着た人間が、しかも自分の縄張りで、真正面から逆らってくるなんて思ってもみなかったのだろう。見物人たちの視線が、彼女の自尊心に突き刺さる。青白かった顔が、みるみるまだらな赤に染まった。屈辱は一瞬で、目の見えない怒りへと変わる。
「この――!」
彼女は陳列カウンターから水の入ったグラスをひったくり、そのまま私の顔めがけて液体を投げつけた。
私は身をかわした。彼女が瞬きするより速く。流れるような動きで、彼女の手からグラスを奪い取り、氷みたいに冷たい水をそのまま彼女の顔へぶちまけ返す。
水が、手入れの行き届いた金髪からぽたぽたと滴り落ち、完璧だった化粧を完全に台無しにした。彼女は口をぽかんと開けたまま硬直し、溺れたネズミそのものの姿で立ち尽くす。
群衆が一斉に息を呑み、その直後、慌ただしいささやきが爆発した。
「うそでしょ! ミス・グレイにあんなことするなんて!」
「アルファのケインが、あいつをズタズタにする!」
「歩く死人よ。ブラッドムーンの縄張りで、ケインの大事なオメガに手を出すなんて。もう誰も助けられない。」
怯えたつぶやきを聞きながらも、私の内側の静けさは微動だにしなかった。恐怖? そんな言葉の意味を私は知らない。父、マーカス・ナイトシェイドはライカン・スプリーム――北米のすべての群れを統べる王だ。この大陸に、私を怯えさせられる狼なんて一匹もいない。
ブライアは乱暴に顔の水を拭い、ヒステリックに叫んだ。
「このクソ女! あんたは終わりよ! ケインが、産まれてこなければよかったって思わせてやる!」
彼女の癇癪など無視し、私は銀のムーンストーンの指輪を指にはめ、カウンターの上の空のベルベット箱をつかみ、背を向けて立ち去ろうとした。
「止めて!」
ブライアがよろめきながら前に出て、私の進路を塞ごうとする。だが、彼女の視線が私の目に触れた瞬間、足が縫い付けられたように止まった。高位アルファの血統による圧――甘やかされて育ったオメガの彼女に抗えるものではない。
そのとき、背の高い影が入口を暗くした。
部屋から酸素が消えたかのようだった。群衆は、まるで紅海が割れるように左右へ退き、恐怖に駆られて我先にと道を空け、広い通り道を作る。
「ケイン!」
ブライアの態度は一拍で変わった。目に涙を浮かべ、彼女は彼の広い胸へ身を投げる。震える声は、完璧な被害者そのものだった。
「この女が私の指輪を盗もうとして、水までかけてきたの! どうにかして!」
ケインはブライアを守るように腕を回したが、その氷の視線は私の顔に固定された。声は低く、空気に重い震えを走らせる。
「ブライアをいじめたのか?」
ケイン・ブラッドムーン。ブラッドムーン群れのアルファ。その目は、容赦のない鋼のように部屋全体をなぞり、そして私を射抜いて縫い止めた。
私は彼を値踏みするように眺めた。身長は優に百九十センチ近く、広い肩、目を引く顎のライン。生まれつきの統率者が放つ、容赦のない権威が全身から滲み出ている。見た目だけで言えば――この男は、まさに私の好みど真ん中だった。
あれほど呆れるくらい馬鹿げた質問を口にしさえしなければ、この政略結婚だって少しは楽しみにできたかもしれないのに。
私は怯まなかった。彼の視線を真っ向から受け止め、淡々と言い返す。
「盗んでなんかいない。この指輪は数か月前に特注で注文したものよ。私の手から奪おうとしたのは、そっちの方。」
私はわざと間を置き、沈黙を糸のように引き伸ばしてから、本命の爆弾を落とした。
「私はセレナ・ナイトシェイド。そして、あなたの母親の最期の願いに従い、私はあなたの定められた伴侶よ。この指輪は、私の母が私たちの誓いの儀のためにデザインしたもの。」
宝飾店がざわめきどころではなく、騒然となった。
「えっ? あの子がアルファのケインの定められた伴侶!?」
「ありえない。ブライアがアルファ・ケインの次のルナになるはずじゃ……」
「これは面白くなるぞ。取り決めの婚約者対、幼なじみの恋人ってわけだ。」
「アルファは埃まみれの古い盟約を守ると思う? それともブライアのために喉を掻き切るか?」
「決まってるでしょ。見なよ、あの格好。まるで百姓! ブライアみたいに美人な子より、あんなのを選ぶわけない!」
怒った蜂の群れみたいに、ささやきが店内を飛び交う。
ケインの表情はぴくりとも動かなかった。彼は暗く嘲るように鼻で笑う。
「それで? その所谓の取り決めとやらは、母が生きていた頃に軽い気持ちで口にした約束だ。母は何年も前に死んだ。死んだ女の言葉が、俺を縛れると本気で思ってるのか?」
拒絶に勢いづいたブライアが、彼の胸元から顔を覗かせ、毒を滴らせた声で言った。
「そうよ! あんた、自分を何様だと思ってるの? 口から出まかせを並べれば、ケインを自分のものにできるとでも?」
彼女は私を上から下まで見下ろし、残酷な笑みを唇にねじ曲げる。
「見てよ、あんた。乞食みたいな格好。女らしさの欠片もない。ケインの隣に立つべきなのは、私みたいに上品で格の高いオメガよ。安っぽくて下品な野良犬じゃない!」
群衆もすぐに便乗した。
「そうだ、偽の約束で成り上がろうってわけ?」
「群れの女の半分はアルファ・ケインの伴侶になりたがってる。詐欺師かもしれないだろ。」
「見れば分かる。ブライアだけがケインのルナにふさわしい!」
無知な嘲りを聞き流しながら、私は深い皮肉の波に洗われていた。
こいつらは真実を知らない。ケインの母が、息子の身の安全を守るために、死の床で父にこの取り決めを懇願したことを。父がそれを受けたのは、命の恩義を返すためだけだったことを。
ケインが私の家の厚意をゴミみたいに扱うというなら、それでいい。私、セレナ・ナイトシェイドは、男の気を引くために縋りつくような女じゃない。
私は首を振り、心底ほっとした笑みが口元に浮かんだ。
ケインの冷たい睨みを、完全な無関心で受け止める。声は静かだが、刃のように部屋を切り裂いた。
「そんなに気が進まないなら、ひとつ頼まれて。父のところへ行って、誓いの儀を取りやめるように伝えて。」
そして、誰の耳にも届くように、最後の一撃を放った。
「勘違いしないで。あなたが私を拒んだんじゃない。私にふさわしくないのは――あなたの方よ。」
