第百三十九章

琴音は振り返らなかった。

耳元に生温かい吐息が触れ、男の低く掠れた声が落ちる。

「琴音……」

薄い唇が耳たぶに触れんばかりに近づき、言葉を紡ぐたびに息が吹きかかる。琴音は無意識に首をすくめ、体を逃がそうとした。

だが、男は抵抗を許さない。もう片方の手で彼女の首筋を強く掴み、体を固定すると、鼻で笑った。

「今の状況が、まだ分かっていないのか?」

力で押さえつけられ、琴音は無理やり顎を上げさせられる。視線だけを動かして男を睨み、苦しげに声を出した。

「あなた……とりあえず、離してよ……」

男は数秒じっと彼女を見つめ、やがてゆっくりと手を引いた。

解放された瞬間、琴音は思わず前へ...

ログインして続きを読む