第56章

炎が夜に願掛けしたことをまだペチャクチャと喋り続けている横で、詩音のからかうような視線はすでに悟へと向けられていた。

彼女は座席を少しずらし、悟のほうへ距離を詰めると、くすくすと笑い声を漏らした。

「今朝、私のこと考えてた?」

「九条社長にも嘘をつくことがあるなんてね」

悟は顔色一つ変えずに救急箱を片付けながら、彼女をちらりと一瞥した。見透かされた気まずさなど微塵も見せず、むしろ堂々とした態度で言い放つ。

「意味は同じだ。ただ、時間を勘違いしていただけだ」

「へえ~」

詩音が相槌を打つと、その語尾はどこまでも長く引き伸ばされた。

彼を見つめる眼差しも、その声のトーンと同調する...

ログインして続きを読む