第9章 まさか夜見家の人間ではない
雲田司奈は、次々と運び込まれていく品々を見て、胸がそわそわして仕方なかった。思わず口を開く。
「ここで突っ立ってないで、入ろ? 伯母さん、中で待ってるんじゃない? 早く行こ」
――こんなにあるなら、伯母さんの機嫌が良ければ、いくつか分けてくれるかもしれない。
司奈は内心で小さく算段を立てる。
夜見美羽がこくりとうなずき、二人は並んで玄関をくぐった。
高級ブランドのバッグがずらりと並ぶ横を通りかかった瞬間、司奈は反射的にひとつ手に取ってしまう。指先で革を撫で、うっとりと眺めた。
「これ、すごく可愛い……。たしか美羽、同じの持ってなかった?」
美羽は足を止め、羨望を隠さない司奈を見た。
「うん、持ってるよ。司奈、このバッグ好きなの?」
どうせ自分はもうひとつ持っている。司奈が欲しいなら、あげてもいい――そんな気持ちがよぎる。
司奈は待ってましたとばかりに勢いよくうなずいた。
「うん! 大好き! ずっと欲しかったんだけど、全然買えなくて……」
限定品は、金さえあれば手に入るものじゃない。夜見家なら電話一本で届くのだろうが、外の人間には縁が薄い。
美羽はにこっと笑った。
「じゃあ、これ司奈にあげる。今回の大会のご褒美ってことで」
優勝して、帰宅したら贈り物の山。気分が上向いているところへ、司奈のその顔だ。つい気前よく口にしてしまった。
司奈の目がぱっと輝く。
「ほんとに? ありがとう、従姉! やっぱり従姉がいちばん好き!」
子どもみたいにはしゃぐ司奈に、美羽は苦笑して言った。
「はいはい。もう司奈のなんだから、帰ってからゆっくり眺めなよ」
二人はそのまま奥へ進む。すると、家の中から賑やかな話し声が聞こえてきた。どうやらダイニングだ。料理もできていて、きっと美羽を待っていたのだろう。
美羽は弾む足取りで食堂へ入る。
「ただいま。父さん、母さん……裕矢兄さんもいるんだ」
声に反応して、夜見槙夫たちが一斉に顔を上げる。槙夫は笑みを浮かべた。
「美羽、帰ったか。試合が終わったなら、先に電話してくれれば迎えを出したのに」
「もう子どもじゃないよ。迎えなんていらない。それに今日は司奈と一緒に帰ってきたし、みんな忙しいと思って連絡しなかったの」
美羽はいつも通り、気遣うように言う。
――その次の瞬間。
美羽の視線が、雲田伊津美の隣に座る見知らぬ少女に吸い寄せられた。
誰……? こんな子、見たことない。
それなのに、なぜか胸がざわつく。顔立ちが――母に、似ている気がした。
「伯母さん、裕矢兄さん」
司奈もぺこりと挨拶する。
槙夫が手で席を示した。
「司奈も来たのか。二人ともまだだろう? 座って一緒に食べなさい」
司奈は美羽の隣に腰を下ろし、声を潜める。
「ねえ、あの子……誰?」
美羽も同じくらい小さな声で返す。
「私も知らない」
本来なら、美羽が帰ってきてから数日後に紹介するつもりだった。今日はただ、遠野千絢の帰宅を祝うだけの席にするはずだったのに。
けれど美羽は予告もなく帰ってきた。こうなった以上、隠し通せる話じゃない。
伊津美は微笑みを作り、口を開いた。
「美羽、ちょうど良かったわ。紹介するね。こちら……あなたの妹よ。今日、帰ってきたの」
そして隣の少女へ、優しく言い添える。
「千絢。こっちは美羽。あなたより少しお姉さんで、あなたの姉になる子よ」
言葉の意味が、すぐには頭に入らなかった。
美羽と司奈は同時に固まる。
妹? 私に?
遠い親戚だと思っていた。まさか――妹だなんて。
「……父さん、母さん。どういうこと? 私、妹がいるなんて聞いたことない。なんで今まで何も……」
美羽は混乱したまま両親を見た。胸の奥がひやりと冷える。
司奈も衝撃で目を見開きつつ、千絢を盗み見る。確かに、伊津美に似ている。似すぎているくらいだ。
伊津美は司奈も身内同然だと分かっていたし、美羽の顔が真っ青になっていくのも見て取れた。ここで曖昧にすれば、余計な想像をさせるだけだ。
伊津美は息を整え、真実を口にする。
「美羽……実は、私たちも最近知ったの。昔、うちと遠野家で……赤ちゃんを取り違えていたみたいで。千絢は遠野家に抱かれて、そのまま遠野家で育ってきたのよ。あなたが海外で大会に出ている間に、遠野家から連絡があって……事情が分かって、裕矢が千絢を迎えに行ってくれたの」
「取り違え……?」
美羽の声が震える。
「母さん……冗談、だよね?」
受け止めきれない美羽に、伊津美は声をさらに柔らかくした。
「冗談じゃないの……。でもね、美羽。あなたは取り違えでうちに来た子かもしれない。だけど私たちは、ずっとあなたを娘として育ててきたの。積み重ねた時間も気持ちも、変わらない。あなたがこの家にいる限り、あなたの父さんも私も、これまで通りあなたを娘として大切にするわ。あなたの本当のご両親が見つかるまで……いえ、見つかったとしても」
その言葉が、美羽の心をまともに打ち抜いた。
頭の中が真っ白になる。口を開こうとしても、音にならない。
伊津美は美羽の手を取り、そっと包み込む。
「急には受け入れられないの、分かってる。でも隠したくなかったの。いつか他人から聞かされて、あなたが私たちと距離を置く方が怖かった。美羽は優しい子だから……ちゃんと話すのがいちばんだと思ったの。ね?」
千絢が帰ってきた以上、隠し続けることなどできない。
美羽が呆然としている一方で、千絢もまた驚いていた。
姉がいると思っていた。けれど、その姉が夜見家の実の娘ではない――?
裕矢が迎えに来たとき、詳しく話さなかった理由が、今になって刺さる。
千絢は視線を夜見裕矢へ向け、それから美羽へ戻した。
さっきまで嬉しそうにしていた美羽の表情は、今や絡まった糸みたいに崩れている。
「取り違え」
その四文字が、雷のように落ちた。
美羽の顔色はみるみる青ざめ、唇がかすかに震えた。
隣の司奈は、思わず口元を押さえる。
――まさか。
幼い頃から一緒に育ってきた従姉が、夜見家の人間じゃないなんて。
