第68章

彼女は魔が差したように手を伸ばし、カップを受け取った。

指先がカップの温もりに触れ、冷え切った身体が微かに震える。

この半月で、ふたりの間に訪れた最も穏やかな瞬間だった。

意織は牛乳を一口飲んだ。濃厚な香りが口の中に広がるが、胸の奥の苦味を消し去ることはできない。

もし今、彼が優しい言葉をひとつでもかけてくれたら、自分は情けなくも彼を許してしまうかもしれない。

だが、その平穏は三分も続かなかった。

深のポケットで、スマートフォンが甲高い音を立てる。

彼は眉をひそめ、通話ボタンを押した。

「深……助けて……お願い……」

夏菜の悲痛な泣き声が漏れ聞こえてくる。激しい息遣いと、騒...

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