第3章 藤原家に嫁ぐ

別荘を出ると、佐藤絵里はかえって肩の荷が下りたような気分だった。

最初に真実を知った時の痛みと悲しみを乗り越えると、むしろ吹っ切れた気持ちになっていた。

これでいいかもしれない。

結婚後に佐藤愛と南山六也の関係を知るよりはましだろう。そうなったら離婚するかどうか悩むことになるのだから。

しかし、藤原家の若旦那は本当に厄介な人物だ。

……

翌朝早く、佐藤絵里が階段を下りると、佐藤翔が昨日の憂いの表情とは打って変わって、満面の笑みを浮かべているのが見えた。

佐藤絵里は黙って椅子に座り、朝食を食べ始めた。

どうせ自分はこの家では存在感がないのだから。

「ご主人、何かいいことでもあったんですか?」鈴木恵が尋ねた。

「さっき南山六也から電話があってね、結納金は返さなくていい、それどころかさらに五百万円追加すると言うんだ。愛を嫁にもらいたいってさ!」

佐藤絵里はスプーンを持つ手が一瞬止まった。

さらに五百万円?

佐藤愛にそんな価値があるというのか?

佐藤家に引き取られてからの数年間、佐藤絵里は佐藤愛の周りを次々と変わる男性たちを目の当たりにし、ホテルから出てくる姿も何度も見かけていた。

佐藤絵里には理解できなかった。なぜ南山六也がこのような女性を望むのか。

これが世に言うバカと金の関係というものなのだろう。

「お父さん」佐藤愛が階段を降りてきて、その会話を聞きつけ、甘い笑顔を浮かべた。「声が大きいですよ。六也お兄ちゃんはつい姉さんと別れたばかりなのに、結納金が増えたなんて聞いたら、傷つくじゃないですか」

佐藤翔は笑顔で佐藤愛に手招きした。「本当にいい娘だよ」

佐藤絵里は軽く笑った。「お金を稼いでくれる子が、いい娘なんですね?」

佐藤翔の表情が凍りついた。

「何を言い出すんだ?」

佐藤絵里はスプーンを置き、澄んだ瞳で彼を見つめた。

「私と佐藤愛はあなたにとって、二つの銀行口座のようなものでしょう?誰がより多くのお金をもたらすか、それによって愛情の度合いが決まる。そうですよね?」

佐藤愛は優しい声で言った。「姉さん、私のために喜んでくれてもいいのに」

「だって六也お兄ちゃんは私を愛して、大切に思ってくれるから、お金を出してくれるんですよ」

佐藤絵里は微笑み返した。

「妹よ、ずいぶん楽に稼いでるじゃない」

「一年で簡単に千万円前後稼げるなら、もう演技なんてする必要ないわね」

「監督たちと何晩も過ごして、やっとセリフもほとんどない役をもらうより、人の恋人を奪う方がずっと儲かるものね」

「そう思わない?」

佐藤愛は唇を噛み締め、一瞬憎悪の色が顔をよぎった。

彼女はすぐに赤い唇を尖らせ、佐藤翔の腕を揺すりながら、泣き声を混じらせた。「お父さん、見てください、姉さんがこんなひどいことを言うなんて……」

「あの役はすべて自分の実力で勝ち取ったのに、姉さんはこんな風に考えるなんて……」

佐藤翔は激怒し、佐藤絵里の鼻先を指差して叱りつけた。「お前は皆が自分と同じように品がないと思っているのか!」

「妹は自分の能力で芸能界で成功してるんだ、それが何か悪いのか?」

「お前みたいに佐藤家のお金ばかり使って、何も返さないよりよっぽどマシだ!」

佐藤絵里はそのまま立ち上がり、階段を上がり始めた。

「じゃあ、この4年間お金をいくら使ったか計算してみてください。一円も残さず返しますから」

しかし思いがけず、佐藤愛はまるで取り憑いたように追いかけてきた。

彼女はドアを開けて入り、すぐに閉めた。

窓辺に座り、化粧もせずに静かに本を読む佐藤絵里の清楚な雰囲気を見て、佐藤愛の目に嫉妬の光が走った。

なぜ、なぜ田舎で18年も暮らしていた女がこんな気品を持っているのか?

「姉さん、怒らないで。謝りに来たんです」

佐藤絵里はページをめくりながら、顔も上げずに言った。

「謝ることなんてないわ。むしろ私があなたに感謝すべきよ。私が捨てたゴミを拾ってくれたんだから」

佐藤愛は軽く笑い出した。「あなたにとってはゴミでも、私にとっては宝物なの」

「姉さんは知らないでしょうけど、六也お兄ちゃんは私にどれだけ優しいか」

「何でも私の言うことを聞いて、甘やかしてくれて、何でも叶えてくれるの」

「ほら、姉さん見て」佐藤愛は手首の繊細なブレスレットを揺らした。「これは世界限定品で、有名なデザイナーのサンシャインがデザインした作品よ。年間たった10個しか売られないの」

「六也お兄ちゃんは私を喜ばせるために、わざわざ人に頼んで半年も並んで買ってくれたのよ」

佐藤絵里は冷笑して視線をそらした。「安心して。彼が昨日私にしたことは、明日にはあなたにもするわ」

「姉さん、それって嫉妬ってやつね」

佐藤愛はあでやかに笑い、身をかがめるとVネックから完璧な曲線が見えた。

「お父さんから聞いたけど、藤原青樹と結婚しないために五百万円返すんでしょ?どうやって返すの?」

「うーん……」

佐藤愛は赤い唇に指を軽く当て、佐藤絵里のスタイルの見えない体つきを眺めた。

「まさかあの男に払ってもらうの?」

佐藤愛の妖艶な顔には笑みが満ちていた。

水面のように揺らめく瞳は、男性に対する最高の武器のようだった。

佐藤絵里は彼女を見つめ、その眼差しには冷ややかな無関心があった。

その視線に、佐藤愛は背筋に寒気を感じた。

恐れとともに、より強い皮肉の感情があった。

彼女より美しい顔を持っていても何の役に立つというのか?

体つきは自分ほど良くないし、男性を喜ばせる術も知らない。

あの残忍な藤原青樹とは実に似合いのカップルじゃないか!

「こんなことして楽しいの?」佐藤絵里は淡々と尋ねた。

「もちろん楽しいわ」佐藤愛はひとつひとつ言葉を区切って言った。「この家には佐藤愛という令嬢がひとりだけでいいの」

「満足しなさい、佐藤絵里」

「あなたが運が良かっただけよ。そうでなければどうして佐藤家に戻って、4年間贅沢の生活を送れたの?南山六也にも出会えなかったはず」

「今、私の代わりに藤原家に嫁いで、藤原家の奥様になれるなんて、あなたの幸運よ」

佐藤愛は彼女に近づき、蛇のように笑った。

「藤原青樹は『イケメン』だって聞くわ。姉さんは……たっぷり楽しんでね」

言い終えると、佐藤愛は得意気に部屋を出て行った。

佐藤絵里は彼女の去っていく姿を冷静に見つめ、財布からキャッシュカードを取り出した。

テーブルに置こうとした瞬間、携帯が鳴った。

「もしもし」

「お嬢様、良いニュースです!あなたが参加したデザインコンテストで全国一位を獲得されました。家長も大変喜んでいます!それから、半年前に投資した、誰もが見込みがないと思っていた会社が復活し、今あなたの口座にはかなりの金額が入金されています!」

「ええ」

「それから家長が言っていました。もし機会があれば、藤原家に近づいてみてはどうかと。近年、藤原家の勢力が急速に拡大し、海外での影響力も家長の事業と肩を並べるほどになっています。しかし私たちはまだ藤原家の動向を掴めていないのです……」

佐藤絵里の瞳に複雑な感情が一瞬よぎり、キャッシュカードをしまった。

「わかりました」

……

佐藤絵里があの夜逃げ出して以来、佐藤愛は密かに佐藤翔に報告し、彼女の監視が強化された。

しかし、佐藤絵里はもう婚約を解消する気持ちはなくなっていた。

すぐに藤原家との約束の日がやってきた。

佐藤絵里は簡単に荷物をまとめ、藤原家の人が迎えに来たときに一緒に持っていく準備をした。

しかし最後の品を置こうとしたとき、頭に強い衝撃を受け、すぐに意識を失った。

佐藤絵里が目を覚ましたとき、頭が割れるような痛みを感じ、後頭部が殴られたかのように痛んだ。

彼女は真っ白な天井を見つめ、ゆっくりと起き上がった。

部屋は白と黒のシンプルなスタイルだった。

そして彼女は唯一のダブルベッドに横たわり、誰かに着替えさせられたウェディングドレスを身に纏っていた。

ここはどこ?

見知らぬ感覚が心の奥から湧き上がり、直感が佐藤絵里に告げていた。

ここは藤原家。

あの恐ろしい藤原青樹の部屋。

佐藤絵里がベッドから降り、ドアに向かって歩き、開けようとした瞬間。

ドアは彼女よりも先に開かれた。

佐藤絵里は咄嗟に電気を消した。

さっ!

部屋は一瞬で暗闇に包まれた。

ドア付近の足音が止まったようだった。

敵も動かず、自分も動かず、空気が凍りついたかのようだった。

佐藤絵里が試しに一歩前に踏み出すと、次の瞬間、彼女の手首が力強い、たこのある手にしっかりと掴まれた。

同時にドアがバタンと閉められた。

佐藤絵里は胸がドキリとし、その冷たい感触に全身に鳥肌が立った。

男性の声が間近で聞こえ、想像していたほど不快ではなく、むしろ渋くて深みを帯びていた。

「逃げるつもりか?」

佐藤絵里は眉をひそめ、力を込めて振りほどこうとした。

男は冷たく笑い、その笑い声は冷たい氷のように温度がなかった。

「佐藤家のお嬢様がここで貞淑な振りをしているのか?」

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