第90章

スマホを耳元に当てた彼の横顔には、さっきまでの甘さの名残など欠片もない。そこにあるのは、背筋が粟立つほどの冷たさと、剥き出しの殺気だけだった。

『陸原紀川』

藤原聡が薄い唇をわずかに開く。低い声は氷で研いだ刃みたいに鋭く、ひとつひとつの音に、上に立つ者の絶対的な圧が宿っている。

『俺の奥様がどんな人間か、浮気した挙げ句に捨てられた役立たずが口を出す筋合いはない。昔、彼女が見る目がなかったのは――不運だっただけだ。だが今は違う。彼女は名実ともに、藤原の奥様だ』

受話口の向こうで、陸原紀川の気配が一瞬で萎むのが分かった。さっきまでの図々しさが嘘みたいに消え、呼吸まで止まったような間。

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