第3章
大志は荒々しく電話を切り、額に冷や汗が滲んだ。
まさか、千尋は本当に死にかけているのか？
「あり得ない！」
彼は首を横に振った。
「役者を雇って芝居を打っているに決まってる！医者まで買収したんだ！あいつは璃乃の結婚式をぶち壊すためなら、なんだってやりかねない！」
アシスタントが彼の表情を窺う。
「大志様、大丈夫でございますか？」
「すぐに空港に連絡しろ！」
大志は目を充血させて咆哮した。
「何があっても雅人の飛行機を着陸させるな！」
「では、千尋お嬢様の件は？」
「知るか！」
大志は彼の言葉を遮った。
「璃乃が今、生死の境を彷徨っているのは、全部千尋のあの電話のせいだ！あいつに二度と璃乃を傷つけさせたりしない！」
彼はすぐにあらゆる方面に連絡を取ったが、誰もが信じられないといった反応だった。
電話の向こうは数秒間沈黙した。
「お前、気は確かか？相手は黒木財閥の御曹司だぞ！」
「千尋はアメリカで仮病を使って、雅人を騙して迎えに来させたんだ！」
大志は必死に説明した。
「あいつのせいで璃乃は飛び降りたんだ。絶対に帰国させるわけにはいかない！」
「待て」
田中の声が真剣なものに変わった。
「千尋はお前の実の妹じゃないか。たとえ彼女に何か問題があったとしても、兄妹でちゃんと話し合えないのか？」
「実の妹？」
大志は冷笑した。
「あいつは子供の頃から可哀想なふりをして同情を買うのが得意だった。今じゃ璃乃の幸せを壊すためなら手段を選ばない！田中、手を貸してくれるのか、くれないのか？」
「それは……」
田中は躊躇した。
「大志、考えすぎじゃないか。千尋はいい子だし、それに俺が知る限り、彼女はアメリカで確かに……」
「もういい！」
大志は怒りに任せて電話を切った。
誰もが千尋に騙されている！みんな、あいつを天才少女作家か何かだと思っているが、実際はただの演技がうまいぶりっ子だ！
再び携帯が鳴った。アメリカに派遣したボディガードからだった。
「ボス、千尋お嬢様は今ICUに」
ボディガードの声が聞こえてきた。
「ですがご安心を。今回はかなり迫真の演技で、俺も危うく信じるところでした」
「やはりな！」
大志は安堵の息を漏らした。
「芝居だとわかっていた！」
「はい。病院の医者たちも実に協力的でして」
ボディガードは報告を続けた。
「本物さながらの熱演です。雅人坊ちゃまは既に到着され、何やら退院手続きを進めておられます」
「絶対に帰国させるな！」
大志は歯を食いしばった。
「あらゆる手を尽くせ。たとえ太平洋上で燃料が尽きるまで旋回させることになっても、着陸は許可するな！」
「承知しました！」
その時、手術室の扉が開いた。
執刀医が歩み出て、マスクを外し、重い表情を浮かべた。
「璃乃さんの容態ですが……」
医師はゆっくりと口を開いた。
「極めて厳しい状況です。たとえ一命を取り留めても、下半身不随になる可能性が非常に高いでしょう」
大志は世界がぐらりと揺らぐのを感じた。
美しく心優しい璃乃。いつも穏やかに微笑んでいたあの少女が、これからの人生を車椅子で過ごすことになるかもしれない。
そしてそのすべては、千尋のせいだ！
「千尋」
彼は拳を握りしめ、爪が掌に深く食い込んだ。
「たとえお前が本当に死んだとしても、璃乃の人生を壊すために帰してなどやるものか！」
冷たい風が病院の廊下を吹き抜け、死の匂いを運んでくる。
大志は手術室の中で今も懸命に治療を受けている璃乃を見つめ、その目に狂気の光が宿った。
「いいか」
彼は電話をかけ、氷のように冷たい声で言った。
「千尋が帰国したいだと？死体で帰ってくる以外に道はない！」
——
その頃。
酸素マスクが私の顔に貼りつき、その冷たい感触に私はゆっくりと目を開けた。
ここはアメリカの病院の病室ではない。
周りを見渡すと、私は豪華なプライベートジェットの中に横たわっていた。周囲には最新の医療機器が並び、心電図モニターは安定した波形を刻んでいる。
「千尋、目が覚めたか」
横を向くと、雅人が私の手を固く握っていた。彼の目は赤く腫れ、泣いた後のようだった。
「あなた……どうしてここに？」
私の声はほとんど聞き取れないほど掠れていた。
「君を迎えに来たんだ、家に帰るために」
雅人の声は震えていた。
「ごめん、千尋。来るのが遅くなった」
その時、機長の声がアナウンスで響いた。
「雅人様、大変申し訳ありません。成田空港に着陸できません。地上管制塔より着陸許可が下りませんでした」
私は瞬時に事態を察し、涙が静かに頬を伝った。
「お兄様ね？」
私は目を閉じ、絶望に満ちた声で言った。
「彼が、あなたの飛行機を止めたのね」
雅人の顔つきが瞬く間に険しくなった。
「千尋、誰にも君を傷つけさせない」
私は力なく首を振り、苦笑した。
「結婚式で私のことをあんな風に言っていたじゃない。どうして今さら助けに来たりするの？」
雅人は勢いよく手を上げ、自分の頬を思い切り叩いた。
パシン！
乾いた音が機内に響き渡る。
「俺がクズだからだ！」
彼の声は涙声だった。
「千尋、面子のせいでなかなか君に会いに来られなかったこと、あんな酷いことを言ったこと……俺は、ただ君に生きていてほしい。ちゃんと俺のそばで生きて、俺の妻になってほしいんだ！」
私は少し胸を痛めながら彼を見つめた。
「謝らないで。あなたが助けに来てくれただけで、すごく嬉しいの。こんな時に私を選んでくれて、ありがとう」
彼の手のひらの温もりを感じながら、私の心に複雑な感情が込み上げてくる。
彼は私を憐れむような目で見つめた。
「頑張れ、千尋。生きるんだ。僕たちは絶対に時間内に着陸できる。君も絶対に助かる」
大志の冷たい言葉、父の無情な非難を思い出し、私はただ虚しく、胸が張り裂けそうだった。
「でも、辛いの。本当に、もう頑張れないかもしれない」
「お父様もお兄様も、私のことを嘘つきだと決めつけて、異国の地で病と闘う私を放っておいた。私は必死に頑張って、ちゃんと生きたいって、生きて帰って、お兄様とお父様の顔に泥を塗ってやるんだって、璃乃さんたち親子を追い出してやるんだって、毎日自分に言い聞かせてきたの」
「でも、本当に辛いの。もう、限界かもしれない」
突如、機内の警報が鳴り響き、私の血圧が急激に下がり始めた。
「千尋！」
雅人はモニターを見て恐怖に顔を歪めた。
「しっかりしろ！死なせたりしない！」
彼は操縦室に駆け込み、電話に向かって怒鳴った。
「聞け！どんな手を使ってもいい、今すぐ着陸させろ！俺の妻が死にそうだ！彼女が死んだら、あんたはもう孫の顔を二度と見られないぞ！俺は一生結婚しないで、坊主にでもなってやる！」
「妻？」
私は少し呆然とした。
「俺が嘘をついたって？俺が生涯愛するのは千尋一人だけだって、とっくに言ってあっただろ！ごたごた言うな、時間がないんだ！」
雅人の声は次第に弱々しく、悲しげなものになっていく。
私の見えない場所で、彼の絶望が伝わってくるようだった。まるで世界そのものが砕け散っていくかのように。
「父さん」
彼が泣きながら言うのが聞こえた。
「頼むから、千尋を助けてくれ！」
