第3章
また佐川の話か!
もう何度も繰り返し説明してきた。
本当に、疲れた。
「どう思おうと勝手だけど、もう二度とあなたと同じ屋根の下で過ごすつもりはないわ」
私は彼を無視し、ちょうど到着したタクシーに乗り込んだ。
二階に荷物を取りに戻る気力さえなく、そのまま家を後にする。
「遠山通りの湖湾別荘エリアまで」
そこは私が卒業したとき、両親が買い与えてくれた物件だ。
もともとはここを新居にするつもりだったが、立花謙一が「それはご両親から君への愛情だから、君だけのものにすべきだ。僕が奪うわけにはいかない」と言ったのだ。
わからない。かつてあれほど私のことを考えてくれていた立花謙一が、一体いつ変わってしまったのか。
自分の家に帰り着くと、堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。
立花謙一と出会い、恋に落ちて、十年。
それでも、彼の初恋には勝てなかった。
運命とは、なんと恐ろしいものか。
人の心とは、なんと恐ろしいものか。
でも、まだ遅くはない。
やり直せる。
今は、両親への説明が先決だ。
そして、立花のおじい様……。
おじい様は立花家の中で最も私と立花謙一の結婚を支持してくれていた。そのために百キロも離れた寺院までわざわざ祈願に行き、私たちが仲睦まじく一生を添い遂げられるようにと願ってくれたのだ。
もし私と立花謙一がもう結婚できないと知ったら、耐えられるだろうか。
そう考えていると、立花のおじい様から電話がかかってきた。
私は慌てて涙を拭い、何度も深呼吸をしてから電話に出た。
「おじい様」
「紗夜、ご飯は食べたかい?」
電話の向こうから、おじい様の楽しそうな声が聞こえてくる。
鼻の奥がツンとしたが、必死に感情を抑えて明るく答えた。
「食べましたよ。おじい様は?」
「わしも食べたよ。今夜は謙一と一緒に家に食べにおいで。執事と一緒に朝市へ行って、紗夜の大好物の魚を買ってきたんだ。それからな……」
おじい様は声を潜め、秘密めいた口調で言った。
「おじい様、お前のためにとっておきの宝物を用意してあるんだ……」
涙がこぼれ落ち、嗚咽が漏れそうになる。
私は大きく息を吐き出してから言った。
「おじい様、今夜はちょうど用事があって……また今度にします」
しかし、おじい様は鋭かった。
「お嬢ちゃん、あの馬鹿息子がいじめたんじゃないだろうな? もしそうなら、わしが叱りつけてやる」
「違います」
勘付かれるのが怖くて、私は急いで言った。
「おじい様、これから忙しくなるので、また連絡しますね」
そう言って、慌てて電話を切った。
おじい様に気づかれていないことを祈るしかない。
これ以上考えたくなかった。土の中に頭を埋めて、何も変わっていないふりをするダチョウになりたい気分だった。
でも、わかっている。だめだ。
事はもう起きてしまった。
すぐに立花謙一は周防春香を連れて現れるだろう。そうなれば、多くの人が私を笑い者にするに違いない。
負けるわけにはいかない。
まだ時間があるうちに、新しい彼氏との関係を深めておかなければ。
そう思い立ち、私はスマートフォンを開いて相手にメッセージを送ろうとした。
しばらく探したが、見つからない。
そこでハッと思い出した。連絡先を交換した後、名前を変えていなかったし、そもそも相手の名前も聞いていなかったのだ。
しばらく検索して、ようやく連絡先リストに見慣れないアイコンを見つけた。
開いてみて、送金履歴があることで彼だと確信した。
【こんにちは。今夜会う時間はありますか? まだ自己紹介もしていないので、改めて知り合って、理解を深めたいのですが。】
数分待って、ようやく返信が来た。
【ああ。時間と場所を決めて、送ってくれ。】
その命令口調に、またしても既視感を覚える。
私は簡単に身支度を整え、タクシーでレストランへ向かい、窓際の席を予約してから詳細を送った。
七時ちょうど、その人がレストランの入り口に現れた。
一目で私の席を見つけ、歩いてくる。
「座って」
また気まずくなるのを恐れて、私は急いで声をかけた。
相手は頷いて席に着いた。
気のせいだろうか、初めて会った時とは全く違う感じがする。
あの時のぎこちなさが消えているだけでなく、全身の雰囲気が冷徹になっている。
まるで別人に生まれ変わったようだ。
さらに立花謙一に似てきている。
「何が好きかわからなかったから、適当に頼んでおいたわ。食べてみて、合わなかったら追加して」
若い男はテーブルを一瞥し、淡々と言った。
「何でもいい。好き嫌いはない」
「よかった」
私は引きつった笑みを浮かべ、少し考えてから言った。
「まだ名前を知らなかったわね。なんて呼べばいいかしら……」
「健と呼んでくれ」
不意に彼と目が合い、心臓が妙に高鳴る。
健?
謙一と似ている。
奇遇だこと。
「私は小林紗夜。名前で呼んでもいいし、紗夜でもいいわ」
「紗夜?」
健は一度復唱すると、一直線に結ばれていた唇をわずかに緩めた。
「いい名前だ」
私は礼儀正しく微笑んだ。「ありがとう」
健は再び軽く頷いた。
空気が一瞬沈黙する。
膝の上に置いた手が音もなく握りしめられる。何を話せばいいのか、いくら考えても浮かばない。
仕方なく、自己紹介を始めることにした。
「普段は特に趣味もなくて、バレエを踊るのが好きなの。一ヶ月後に公演があるから、もし時間があれば観に来て。それから……」
「一週間後に両親が会いに来るかもしれないの。その時は一緒にいてほしい。彼らの好みや習慣は事前に伝えておくから、心配しないで。私がちゃんとフォローするから」
健は少し沈黙してから言った。
「わかった。俺はしがない勤め人で、普段は趣味もなく、家に引きこもるのが好きだ。だが、一つ疑問がある」
「何?」
「彼氏に不自由しなさそうなあんたが、なぜ俺を選んだ?」
彼の雰囲気が立花謙一に似ているからだ。
でも、それは絶対に言えない。
私は密かに息を吸い込み、説明した。
「あなたが適任だからよ」
健は静かに私を見つめていた。
何も言わなかったが、信じていないことはわかった。
私が弁解しようとすると、彼が口を開いた。
「金をもらう以上、仕事はする。その理屈はわかっている。言え、他に何をしてほしい?」
私は少し驚いたが、すぐに平静を取り戻した。
「確かに、もう一つ要望があるわ。いつ私の家に引っ越してこられる?」
健は少し驚いたようだ。「あんたの家に?」
私は頷いた。
「恋愛期間中は、一緒に住むのが筋でしょう。それにこの期間、あなたは私のあらゆる要求に応えなければならない。それが彼氏としての務めじゃない?」
健の視線が動き、再び私に落ちた。
少しして、彼は頷いた。
「理屈は通っているな。住所をくれ、明日には行ける」
「わかった」
私はバッグから用意しておいた鍵とキャッシュカードを取り出し、彼に渡した。
「これが家の鍵よ。明日は直接行っていいわ。このカードには一千万入っているから、必要なものがあればこれで買って」
「暗証番号はないわ」
健はカードを手に取り、口元の笑みをさっきよりも深くした。
「ということは、俺は今から正式にあんたの彼氏ってことだな」
「もちろん」
彼の視線が鋭く持ち上がった。
目に見えない威圧感が私の心臓を直撃する。
「なら、キスしてもいいか?」
「紗夜」
私は一瞬呆然とした。
その話し方、その口調。脳裏にある立花謙一の姿と、不意に重なった。
