第6章
湖湾別荘エリアに戻っても、まだ怒りが収まらなかった。
パスワードを解除して中に入り、キッチンへ駆け込んで冷たい水をコップに注ぎ、一気に飲み干してようやく胸のつかえが少し取れた気がした。
振り返ると、けんがパソコンを抱えてソファに座り、私を見ていた。
斜めに差し込む日差しが、彼の目鼻立ちを一層端正に見せている。
だがその完璧さは、どこか現実味がない。
彼に会うのはこれで三回目だ。
会うたびに、前回とは違う感じがする。
なんというか……とても新鮮だ。
「何を見てるの? 私の顔に何かついてる?」
けんはそう尋ねながら、わざとらしく鏡を手に取って何度も自分の顔を確認した。
まるで自分の顔が何よりも大事だと言わんばかりに。
まさか「会うたびにガチャを開けるみたいで新鮮だ」なんて言えるはずもない。
私は慌てて話題を変えた。
「いつ来たの? どうして連絡くれなかったの?」
けんはようやく鏡を置き、答えた。
「さっき着いたばかりだ。携帯の充電が切れて、パソコンから連絡しようとしたら、あんたが帰ってきた」
「そう」
私は玄関で靴を履き替え、少しぐずぐずしてからリビングへ向かった。
「じゃあ……荷物は片付いた?」
けんは頷いた。
「客室に置いたよ」
客室を使うなんて、わきまえている。
私は本能的に彼が座っているソファへ向かおうとしたが、途中でまずいと気づき、引き返して一人掛けのソファに座った。
「家の案内は必要?」
「いらない」けんは断った。
私は適当にクッションを膝に置き、視線をあちこちに泳がせて黙り込んだ。
けんも何も言わない。
空気が……気まずい。
私は髪をかき上げ、背筋を伸ばして話題を探そうとした。
すると、けんが口を開いた。
「どうして怒ってるんだ? 誰かに不愉快な思いをさせられたのか?」
私は我慢強い性格ではない。
それに、この件に関しては自分に非があるとは思えない。私は彼に向かって不満をぶちまけた。
「……あんなクズ男、今になって本性がわかるなんて本当に後悔してるわ。私の十年の青春を返してほしい!」
一通り吐き出した後、けんの顔色が非常に悪いことに気づいた。
心臓がドクリと跳ねた。
以前は気にしていなかったが、今改めてけんを見ると、この角度から見る彼は立花謙一にそっくりな気がする。
怒ったときに唇を結ぶ仕草まで同じだ。
偶然なのだろうか?
「けん、どうしたの? そのクズ男の行いに腹が立った?」
けんが勢いよく私を見た。
その目は鋭く冷徹で、とてもバーに入り浸る子犬系男子のものとは思えなかった。
胸が締め付けられる。
「どうして……そんな目で見るの?」
けんはパソコンを脇に置き、まっすぐに私の前へ歩いてきた。
「本当に知りたいか?」
彼は背が高い。
私が座っているせいで、見上げなければならない。
「ええ」
けんは腰をかがめ、片手を膝につき、もう片方の手で私の右頬をそっと包み込んだ。
「あんたの口から他の男の名前を聞くのは気に入らない。だから嫉妬したんだ」
私は呆気にとられた。どういう理屈?
頬にかかる力が強まり、けんの顔がさらに近づく。
「どうして黙ってる? 人をなだめたことがないのか?」
私は少し目を見開いた。
「もちろんあるわよ」
ただ、毎回うまくいかなかっただけだ。
けんの目が楽しげに光り、私の鼻先に額を押し当てた。
低い声には、ある種の誘惑が含まれていた。
「なら、俺をなだめてみてくれ」
異性の匂いが、隙間なく私を包み込む。
脳みそが一瞬で溶けてドロドロになったようだ。
魔が差したのか、口をついて出た言葉はこれだった。
「あなたの匂い、とてもいいわね」
南極の寒風のようであり。
梢を吹き抜ける雪のようでもある。
冷たくて、清々しい。
けんが突然、低く笑った。私の言葉に気を良くしたようだ。
「あんたのなだめ方、変わってるな」
私はその漆黒で深い瞳を見つめ、少し意識が遠のいた。
まるで、また立花謙一を見ているようだ。
ハッと我に返り、彼がキスしようとしているのに気づいて、強く突き飛ばした。
「疲れたわ。寝室で休む」
私は勢いよく立ち上がり、足早に寝室へ戻った。
ドアを閉めてから、胸を叩いて動悸を鎮める。
どうかしてる!
けんと立花謙一は別人なのに、どうして私はいつもけんを通して立花謙一を見てしまうの?
小林紗夜、しっかりして。
世界には立花謙一以外にも男はいるのよ。もう考えないで!
翌日。
けんと朝食をとった後、私はバレエ団へ向かった。
国際バレエコンクールが目前に迫っている。これは私が二十年以上努力してきた夢だ。
絶対に舞台に立たなければならない。
その前なら、医師の治療に協力してもいい。
だから、団長に半月の休暇を申請するつもりだった。
「紗夜、ここ二日来てなかったけど、まだ具合が悪いの?」
「そうよ、あの日転んでしばらく起き上がれなかったから、みんな驚いたのよ。もう大丈夫?」
同僚たちが私を見つけて集まり、心配してくれた。
私は笑った。
「もう大丈夫よ」
人が多いので、本当のことは言わなかった。
同僚たちと少し言葉を交わした後、私は団長室へ向かった。
ノックして入ると、中には団長だけでなく、以前私に手を出そうとした海外バレエ団の佐川団長もいた。
心が沈んだが、顔には出さなかった。
「団長、佐川団長、いらしたんですね」
「小林紗夜、ちょうどよかった。話があるんだ」
団長は私に座るよう促し、続けた。
「実はな、来週の海外バレエ団との合同公演『白鳥の湖』だが、本来は君が主役だったが、佐川団長が君の体調を考慮して、公演に影響が出るのを恐れて、急遽周防春香に変更することになったんだ」
心臓が縮み上がり、私は食い下がろうとした。
「団長、もう大丈夫です。それにこの舞台のために一ヶ月も準備してきました。主役を務められます……」
「いやいや、小林紗夜」
佐川団長は私が言い終わるのを待たずに遮った。
「私も二つのバレエ団のために考えているんだ。君たちの団にせよ、私の団にせよ、ミスは許されない」
私は不快感を堪え、説明しようとした。
「でも私は……」
「もう言うな」佐川団長は手を挙げて私を制した。
「君はな、プライドが高すぎて融通が利かないんだ。ダンサーは舞台上で多くの不測の事態に対応しなければならない。もっと練習が必要だ」
私は怒りで拳を握りしめた。何が高飛車だ、何が親しみにくいだ!
前回の食事会で酒を飲ませようとしたのを、私が皆の前で断ったからだ。
だからわざとこのタイミングで邪魔をしてくるのだ!
恥知らずめ!
「もちろん」
佐川団長はいやらしい目で私を値踏みし、こう言った。
「この件も、余地がないわけではない。今夜ちょうど空いているんだが、私のところへ来て、個人的に私を『説得』してくれてもいいんだぞ」
彼の暗示は理解できたが、国際バレエコンクールは個人参加を受け付けていない。私はバレエ団に残らなければならない。
だが、枕営業など受け入れられない。
「両団長が私を主役から降ろすと決めたのなら、その結果を受け入れます。周防春香の脇役に回ることも厭いません」
佐川団長の顔色が急激に悪くなった。
「本当に恩知らずな女だ!」
団長室を出て、私は休暇の話は出さず、レッスン着に着替えようとした。
ところが、廊下で周防春香に出くわした。
彼女は高いヒールを鳴らして私の前まで歩いてくると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「小林紗夜、もう知ってるでしょ。あなたの主役は私のものよ。この瞬間から、あなたは私の引き立て役にしかなれないの」
「堂々たる首席がこんな境遇に落ちるなんて、つくづく哀れね!」
私を怒らせて弱みを握ろうとしているのはわかっている。
もちろん、彼女の思い通りにはさせない。
「言い終わった? 着替えに行くわ」
周防春香は私が去ろうとするのを遮った。
「小林紗夜、私には勝てないわよ。立花謙一も、主役も、全部私のもの! あなたはただのピエロよ。私が少し口を利けば、犬みたいにバレエ団から追い出されて、二度と這い上がれなくしてやるわ!」
