第5章
その言葉に、林田翔太も田中奈美を引き留めるわけにはいかなくなった。
一方、田中奈美はもっと嫉妬に満ちた目で私を睨みつけ、林田翔太に媚びるように、彼の背中を指でなぞった。その暗示的な意味は、あまりにも露骨だった。
林田翔太は警戒するように私を一瞥し、二人の密かなやり取りに私が気づいているかどうかを窺っているようだった。
私は平然と食事を続け、見ていないふりをした。
何しろ今の私にとって最も重要なのは、体力を回復させることだ。ここ数年の薬のせいで、私の体はひどく弱りきっていた。
体力を取り戻してこそ、この二人と最後まで戦う力が湧いてくるのだ。
食事を終えると、眠気が襲ってきた。
林田翔太は私を見て、優しく尋ねる。
「眠いのか?」
私は頷いた。今日はろくに休めていないのだから、この時間に眠くなるのも当然だ。
彼は仕方のないといったふうに微笑んだ。
「食っちゃ寝なんて、食いしん坊だな。部屋まで抱いていってやるよ」
以前なら、この言葉に何の違和感も抱かず、ただ甘美に感じていただろう。
けれど今、私は彼の口にする一言一句に警戒心を抱いていた。
「いいわ、あなたが食べ終わるまで一緒にいる。せっかく一緒に食事できるんだもの」
部屋に戻ったらすぐに薬を飲まされるのではないかと恐れ、私は慌ててそう言った。
林田翔太は頷いた。
「わかった。じゃあ急いで食べるよ。由依ちゃんを待たせるわけにはいかないからな」
彼が示す優しさに、私は眩暈すら覚えた。まるで今日起きたことの全てが、ただの夢だったかのように。
夢から覚めれば、私はまだ、私を深く愛してくれる旦那様を持つ女で、こんなことは何も起こっていなかったのだと。
食事を終えた林田翔太は、屈んで私を横抱きにすると、部屋へと戻った。
「由依ちゃん、ずいぶん痩せたな。これからはもっとたくさん食べて、しっかり栄養をつけないと」
彼の言葉が本心なのか嘘なのか、私には見分けがつかず、ただ頷くことしかできなかった。
あの薄暗い部屋に戻ると、林田翔太は私をベッドに運び、丁寧に布団を掛けてくれた。
私も本当に眠くてたまらず、うとうとしていた。しかし、ふと悪寒がして目が覚めた。林田翔太がずっと私のベッドのそばに立って、立ち去っていないことに気づいたからだ。
彼が、私を見つめている!
その発見に背筋が凍り、とても眠れる状態ではなかった。私は意を決して、呼吸を整え、熟睡しているふりをした。
数分後、林田翔太が私の肩を軽く叩いた。
「由依ちゃん、寝たか?」
やはり彼は立ち去らず、ずっとベッドのそばで私を見ていたのだ。
その時、部屋のドアが開き、田中奈美が入ってきた。
「寝た?」
林田翔太は応じた。
「しばらく見てたけど、もうぐっすりだ」
私は眠ったふりを演じながら、耳をそばだてて二人の会話を聞いた。
「明日から、薬の量を増やすわ。今日あいつが起き上がれたってことは、もうこの薬に耐性ができ始めてる証拠よ。量を増やさないと」
恐怖しか感じなかった。林田翔太という男は本当に演技がうまい。彼の本性を知ってはいても、その様子にはやはり身の毛がよだった。
二人が出て行くと、部屋は静まり返り、私一人だけが寂しくベッドに横たわっていた。
泣きたかった。でも、泣かなかった。今はまだ泣く時ではないとわかっていたからだ。
今の私の状態は、彼らに囚われているのと何ら変わりない。一刻も早く外部と連絡を取らなければ、孤立無援のままになってしまう。
しかし、田中奈美は一日中家にいるし、林田翔太は毎日帰ってくる。外部と連絡を取りたくても、その術が全くなかった。
そんなことを考えているうちに、その夜は眠りに落ちていた。
翌朝、意外にも少しだけ力が戻っていることに気づいた。
何しろ、あの薬を二日間断ち、食事も摂ったのだ。この方法は今のところ確かに効果があるようだ。
そして田中奈美もいつものように、薬を持ってきた。
私が目を覚ましているのを見て、ひどく驚いている。
「由依さん、こんなに早くお目覚めですか?」
私は頷いた。
「昨夜は早く寝たから。何が原因かわからないんだけど、この二、三日、めまいがどんどんひどくなっているような気がするの。薬の量を減らした?」
わざとそう言ったのだ。田中奈美と林田翔太に、私の最近の体調の変化を疑われないようにするためだ。
案の定、田中奈美は頷いて言った。
「おそらく、このお薬を長く飲み続けていらっしゃるからでしょう。後で翔太さんに頼んで、お医者様にもう一度相談してもらって、何か別のお薬を出していただきます」
私は何も言わず、薬の入ったお椀を受け取った。
椀の中の苦味は、いつもよりずっと強い。やはりあの二人は、薬の量を増やしたのだ。
私は眉をひそめて飲み干した。田中奈美は私が薬を飲み干すのを見て、目の奥に満足そうな色を浮かべた。
彼女が立ち去ると、私はまた以前のようにトイレに行って薬を吐き出した。
だが、薬を吐き出した後、私は呼び鈴を押し、田中奈美に朝食を用意させた。
田中奈美は少し驚いていたが、私が薬に耐性ができたことを知っていたからか、それほど奇妙には思わなかったようだ。
朝食を食べ終えると、私は少し仮眠をとって英気を養った。
何しろ今の私にとって最も重要なのは、好機を待ち、外部と連絡を取れる機会を見つけることなのだ。
もし以前のような状態のままなら、たとえ機会が訪れても、逃げ出すことなど到底できなかっただろう。
眠りの中で、誰かの手が私の顔を撫でているのを感じた。
私はぎょっとして、慌てて目を開けた。
すると、直也が私のベッドのそばに座り、黒葡萄のような瞳で私を見つめていた。その目は心配に満ちている。
私が目を開けたのを見て、彼は嬉しそうに言った。
「ママ、起きたの?」
直也だとわかって、私はずいぶん安堵した。
「今日は金曜日?」
直也は頷いた。
「うん、ママ。ぼく今日はお休み。明日も一日、ママと一緒にいられるよ!」
私はふと、これこそが私の言っていた好機だと気づいた!
私は頷き、ちらりとドアの方を見た。
「パパと奈美さん、普段何かおかしいところはない?」
直也は首を振った。
「ないよ。でも、奈美さん、ぼくのことあんまり好きじゃないみたい。弟と妹のことばっかり好きで、ぼくが帰ってきても、全然話してくれないんだ」
私ははっとした。怜と美波が彼女を「ママ」と呼んでいたことを思い出す。
どうやら田中奈美は、もう私の子供たちを自分の子供だと思っているらしい。
そして、直也はもう自分の意志を持つ大きな子だから、彼女に好かれないのだろう。
心の中で憤りが湧き上がったが、表情には出さなかった。
「そのこと、パパには話したの?」
直也は頷き、そしてすぐにがっかりしたように首を振った。
「話したよ。でもパパは、ぼくの考えすぎだって。奈美さんはいつも忙しくて、ぼくの面倒を見る時間がないから、自分のことは自分でしなさいって」
それを聞いて、私の心頭にはもはや抑えきれない怒りが込み上げてきた。
直也はまだ八歳だ。自分一人で何ができるというのか。
それなのに林田翔太というあのクズは、田中奈美との不義を隠すために、自分の子供にさえ無関心でいるとは!
私は頷き、そして言った。
「直也、じゃあ、ママのお願いを一つ、聞いてくれる?」
彼は頷き、目を輝かせた。
「ママ、言って。ぼく、できるよ!」
私はそこでようやく口を開いた。
「ママ、今携帯電話がないの。ママの携帯、探してくれる?」
病気になって以来、私は主寝室から出て、一人で別の部屋を使っていた。
そして私の携帯は、主寝室のナイトテーブルの中にある。私自身が取りに行くのは少し不自然だが、直也が取る分には何の問題もないはずだ。
