第76章 彼女の味

入札会の前夜、夜9時。山﨑蓮はまだオフィスにいた。

もう1週間、家に帰っていない。

丸山虎太郎には毎日、仕事を山ほど詰め込ませた。とくに海外とのビデオ会議は、わざと夜に寄せる。

下山柚奈が顔を出すたび、彼は決まってこう言った。

「海外チームの時間に合わせないといけない。だから会社で残業だ」

――けれど本当は、自分でも分かっている。帰りたくないのだ。

家にはもう、谷口美桜の匂いがない。

温かい飯もない。

下山柚奈は毎日、違うレストランから料理を届けさせていたが、どこも美桜の味には及ばなかった。

むしろ疑う。あの程度で、よく料理人を名乗れるものだと。美桜以下じゃないか。

美桜...

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