第3章

 ヘンダーソン家のヨットパーティーは、その週末にあった。三階建ての巨体で、上部デッキにはインフィニティプールまで備わっている。

 私はシンプルな黒いワンピースを選んだ。靴はフラット。義足をつけていても、船の上ではどうしても足元が安定しない。

 セリーナは白を着ていた。肩を出したストラップレスのドレスだ。髪は完璧な波巻きで、一分の隙もない。

 到着して二十分ほど経った頃、シャンパンを運んでいた給仕が私の近くで「つまずいた」。

 氷みたいに冷たい液体が、あたり一面に飛び散った。

「きゃっ! 本当に申し訳ありません!」給仕は若く、青ざめた顔で平謝りだ。「すみません、お客様!」

「大丈夫――」そう言いかけた、その瞬間。

 セリーナがもう私の腕を取っていた。「ほら、こっち。着替えられるようにしてあげる!」

 彼女はほとんど私を引きずるように、人混みから遠ざけ、デッキの端へ連れていった。そこにはカメラもない。目撃者もいない。

 手すりの前で足が止まる。眼下には暗い海。

 セリーナの笑みが、すっと消えた。

「自分が賢いとでも思ってるの?」彼女は低く唸るように言った。「惨めなふりして。かわいそうって思わせて」

 私は何も返さない。

「でも、みんなが愛してるのはあんたじゃない。私よ。私が選ばれた。私は十年もあの家にいるんだから」

「知ってる」私は言った。

「じゃあ、次はこうなる」彼女は顔を寄せる。「あんたが自分から言うのよ。拾われた場所に戻りたいって。この生活は無理だって」

「……言わなかったら?」

「言わせる。あんたが二度と、こんな生活をできないようにしてあげる」

 私は彼女を見た。ちゃんと、見据えた。

「セリーナ。今から私を海に突き落とすつもりでしょ」

 彼女が固まった。「……は?」

「私を押す。事故に見せかける。それからあんたは大声で叫びながら飛び込む。リードは先にあんたを助ける。あんたのほうが声が大きいし、派手だから」

 セリーナの目が見開かれた。

「問題はね」私は言った。「本当にそこまでやる度胸があるの? それとも、直前で逃げる?」

 彼女は数秒、私を睨みつけた。

 次の瞬間、顔が怒りに歪む。

 そして――彼女は私を突き飛ばした。

 身体が手すりを越える。冷たい水が一瞬で私を飲み込み、塩水が喉に流れ込んだ。

 頭上で、セリーナの悲鳴が響く。

「リード! 助けて! この子が飛び込んだの! 私も一緒に引きずり込もうとした!」

 続いて、彼女が飛び込む水音。

 私はもがかなかった。暴れなかった。叫ばなかった。

 ただ、沈んだ。

 昔からの癖だ。動かない。悪化させない。終わるのを待つ。

 上で、リードが飛び込む気配がした。

 私は水の中から見ていた。彼が私を通り過ぎ、ばたつくセリーナへ向かって泳いでいくのを。

 彼女を掴み、ヨットのほうへ引きずっていくのを。

 肺が焼けるように痛い。

 やがて、ようやく誰かが気づいた。

「もう一人、水の中だ!」

「静かなほうの子――動いてない!」

 リードの顔が恐怖で青ざめる。彼はもう一度潜った。

 腕が私を抱きしめ、上へ引き上げる。

 水面を割った瞬間、私はむせ返りながら息を吸った。

 彼は私をはしごのほうへ押しやった。誰かの手が私を引き上げ、デッキに転がした。

 私は海水を吐きながら咳き込んだ。

 リードも上がり、それからセリーナを引き上げる。

 セリーナは彼の腕の中に崩れ落ち、わんわん泣き出す。「あの子が……あの子が私を殺そうとしたの! 足首を掴んで、水の中に引きずり込んで……!」

「……何だって?」リードの声が尖る。彼は私を振り返った。「レン、いったい何があったんだ?」

 私はまだ咳き込んでいて、声が出なかった。

 彼は私の肩を掴み、無理やり顔を上げさせた。

「セリーナに謝れ。今すぐだ」

 私は頷こうとした。従順でいようとした。

 でも、そのとき感じた。

 右目。義眼のほう。

 水圧で密着が切れたのだ。

 顔に手をやった――

 遅かった。

 それは、落ちた。

 デッキの上で一度だけ跳ねて、

 転がった。

 全員が見た。

 空っぽの眼窩。

 完全な静寂。

 セリーナの泣き声が止まる。

 私はゆっくり義眼を拾い上げ、掌にそっと載せた。

「ごめんなさい」私はかすれ声で囁いた。「……怖がらせるつもりじゃ、なかったの」

 リードの手が、私の肩から離れた。

 彼は私を――私の顔を――まるで初めて本当に見るみたいに見つめていた。

「レン……」声が震える。

 群衆の中で、誰かが小さく喉を詰まらせたような音を立てた。

 私は笑おうとした。「大丈夫。慣れてるから」

 リードの表情が変わった。

 怒りでも、嫌悪でもない。

 羞恥だった。

 誰かがタオルを持ってきて、別の誰かが医者を呼びに走った。

 でも私は、義眼を手に持ったまま、どうやって戻せばいいのか分からずにいた――

 そのとき、空気を裂くような鋭い破裂音が響いた。

「マストが倒れる!」誰かが叫ぶ。

 ヨットの主檣――頑丈な木材と索具で組まれた九メートルほどのそれが、根元から裂けていた。

 折れる。

 そして、リードはちょうどその真下にいた。

前のチャプター
次のチャプター