第2章

「その熱力学の教授、マジでそんなこと言ったのか?」和也がコーヒーを噴き出しそうになりながら訊いてきた。

「奨学金に誓って言うよ」私は誓いのポーズみたいに右手を挙げてみせた。「松本教授、私の計算を見てこう言ったんだ。『これは天才の仕業か、完全なナンセンスか。まだ判断しかねる』って」

和也が笑った。目尻に細かい皺が寄る、心からの笑い声だった。「で、どっちだったんだ?」

「天才に決まってるだろ。A評価だったし」

私たちは、木曜の午後の恒例行事になっているキャンパスのコーヒーショップ『朝の庭』の、いつもの隅のテーブルに座っていた。

授業と和也のサッカーの練習の間の、このわずかな時間は、正直言って一週間の中で一番好きな時間の一つだった。

『和也と一緒にいるときが、一番リラックスできる。彼は私が「男」であることに疑問を抱かず、探るような、墓穴を掘らせるような質問もしてこない』

『それに、彼には何か、どっしりとした安定感がある。和也がそばにいれば、本当にヤバいことにはならない気がするんだ』

「コーヒー、もう一杯飲むか?」彼がすでに立ち上がりながら訊いた。

「ああ、頼む。いつもと同じやつ」

彼はうなずくとカウンターに向かった。その背中を見送る。広い肩幅、自信に満ちた足取り、彼が自然と醸し出すリーダーシップみたいなもの。チームのキャプテンに選ばれたのも不思議じゃない。

『昨夜の妙な雰囲気はもう過去のことみたいだ。今日の和也はまったく普通で、変な空気は一切ない。たぶん、私が考えすぎてただけだろう』

材料科学のノートをぱらぱらとめくっていると、誰かに見られているのを感じた。穴が空くほど見つめられている時に感じる、無視しようのない、肌が粟立つような感覚だ。

そして、彼を見た。

黒田拓海がコーヒーショップの入り口に立っていた。トレードマークの自信過剰な笑みと、かつては私の心を高鳴らせたあの茶色い瞳を向けながら。今では、その瞳は私の胃をひゅっと縮ませるだけだった。

彼の表情が、困惑から確信へ、そして興奮としか思えない何かに変わっていく。

私の世界が急にピンの穴ほどの大きさに縮んだ気がした。

『嘘。嘘、嘘、嘘だろ。拓海はL大で、何千マイルも離れた場所にいるはずだった。ここにいるはずがない!しぬ』

だが彼は、高校時代はそれだけで私の膝を震わせた、見覚えのある自信に満ちた歩き方で、すでにこちらへ向かってきていた。今となっては、それはただ恐怖心を煽るだけだ。

「海?」彼は私のテーブルで立ち止まり、声に不確かさが混じる。「水原海?」

口を何度かぱくぱくさせて、やっと声が出た。「拓海。どうも」

「マジかよ、本当に海か!」彼の笑みがさらに広がり、断りもなく和也の空いた椅子にどさりと腰を下ろした。「信じらんねえ。ここで何してんだ?」

『落ち着け。海って呼んでるけど、こいつは本当の私が誰か完璧に分かってるはずだ。何のつもりだ? なんでここに? なんで編入なんか……?』

「ここの学生だよ」私は声を平静に保とうと努めながら、どうにか答えた。「そっちこそどうなんだ? 最後に聞いたときはL大にいるって話だったけど」

「いたよ、過去形。今学期から編入したんだ。親父が転勤になって、家族で引っ越してきた」彼の目が、何かを探すように私の顔の上をさまよう。「おまえ……なんか雰囲気変わったな」

心臓の鼓動が一段階速くなる。「どう変わった?」

「さあな。大人っぽくなった、とか? 大学生活が合ってるみたいだな」

『少なくとも、私の正体について騒ぎ立てたりはしないみたいだ。けど、あの目つき……高校の時と同じように、私を品定めするような目だ』

「でさ」拓海は身を乗り出して続けた。「全部教えろよ。何を専攻してんの? どこに住んでる? まだあの機械いじりとか好きなわけ?」

矢継ぎ早に質問が飛んでくる。バインダーの下にじっとりと汗が滲み始めるのを感じた。

「機械工学。で、ああ、今でも『あの機械いじり』は好きだよ」私は声を平坦に保とうとした。「そっちは? まだサッカーやってるのか?」

「こっちのチームにも入った。まだスタメンじゃないけど、努力してるところ」彼の声に、記憶にあるあの競争心が滲み出ていた。「また遊ぼうぜ。ちゃんと昔みたいにさ」

『昔みたいに? 私のこと本気で気にかけてるって思わせておいて、ホームカミングで浮気したあの頃のことか?』

「ほら.......」和也の声が背後で途切れた。

振り向くと、彼が私のコーヒーを持って立っていて、その視線は私と拓海の間を行ったり来たりしていた。表情は読み取りにくいが、彼から何やら緊張感が放たれているのを感じた。

「ああ、悪い」拓海が立ち上がった。「誰かと一緒だとは気づかなかった」

「ルームメイトの和也だ」私は素早く言った。「和也、こっちは拓海。高校が一緒だったんだ」

和也はうなずいたが、手は差し出さなかった。「はじめまして」

拓海は構わず手を伸ばした。「よろしく。七海とは長い付き合いなんだ」

二人が握手したとき、私は空気に電気が走るのを感じた。互いの力量を測り合う二人の男たち。理由はさっぱり分からなかったが。

『変な感じだ。和也はいつも初対面の人にもフレンドリーなのに、今は……警戒してる? それに拓海の笑顔は明るすぎて、何かショーでも演じているみたいだ』

「じゃあ」和也は私の前にコーヒーを置きながら言った。「そろそろ行くよ。二十 分後に練習が始まるから」

「もちろん」拓海が答える。「引き止めちゃ悪いからな」

しかし、彼は立ち去る気配を見せない。代わりに、再び椅子に深く腰掛けた。

和也が、私には解読できない表情でこちらを見た。「また後でな、七海」

「ああ、またな」

彼は歩き去ったが、ドアの向こうに消える前に二、三度振り返り、やけにゆっくりしているのに気づいた。

「面白い奴だな」拓海は和也の去っていく背中を見ながら言った。「キャプテンのユニフォームが似合ってる」

「いいルームメイトだよ」なぜ和也を擁護する必要があるのか自分でも分からなかったが、そう答えていた。

「ルームメイト、ねえ?」拓海の声には何か含みがあった。「そんなに……過保護な奴がいて、さぞかし良いだろうな」

私は眉をひそめた。「過保護?」

「私を見る目つきだよ。まるで私が何かの脅威であるかのように」拓海は笑ったが、その目は笑っていなかった。「それとも、何か私に隠してることがあるのか?」

『レッドアラートだ。これは罠だ。拓海は昔からこういう小さな罠を仕掛けて、人に言うべきでないことを言わせるのが得意だった、おちつけ!七海』

「何のことか分からないな」

「おいおい、海。私たちの仲だろ。高校からの付き合いだぜ。何かがおかしいってことくらい分かるさ」彼の視線がさらに鋭くなる。「おまえ……緊張してるみたいだな。何か隠してるみたいに」

口の中がサハラ砂漠みたいに乾いていた。「何も隠してない。ただ……ここで会うとは思ってなかっただけだ」

「だよな」彼は明らかに信じていない様子でうなずいた。「で、教えてくれよ。具体的にどこに住んでるんだ? キャンパス内か?」

この悪夢の再会がようやく終わるかと思ったその時、拓海が突然手を伸ばし、私の肩を軽く叩いた。

「ところでさ、海」彼の声は軽やかで何気ないものに変わったが、その目は鋭いままだった。「高校の頃、寮の事情について話してたのを覚えてるぜ。何か持病があるからって、一人部屋にしてもらったとか?」

私の血が凍りついた。そんなことは一言も言ったことがない。

「私が気になるのはさ」彼は楽しむような口調で続けた。「今、具体的にどこに住んでるんだってこと。男子寮、だよな?」

彼は言葉を切り、まるで私の魂の奥底まで見通そうとするかのように、その茶色い瞳で私を射抜いた。

「だって、私の記憶が正しければ、七海……それって、かなりユニークな名前だよな?」

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