第3章
金曜日の朝、目が覚めると、胸の上にはまるでトラックでも乗っているかのような圧迫感があった。昨日、拓海と出くわしたことによる不安は、些かも消え去っていなかった。一晩中、たちの悪い夢にうなされていた。夢の中で彼は私に質問を浴びせ続け、私の答えは回を重ねるごとに一層馬鹿げたものになっていった。
ドアをノックする音が、ぼんやりした意識を引き戻した。
「七海? 起きてるか?」薄い壁の向こうから、和也の声が聞こえてくる。
「うん、入っていいよ」
ドアを開けて入ってきた彼は、コーヒーカップを二つ持っていた。いつの間にか呼吸をするのと同じくらい自然になった、私たちの毎日の儀式だ。毎朝、彼は決まって私の分のカフェインを届けてくれる。
「ひどい顔だな」彼はカップの一つを私に手渡しながら言った。
『容赦ない正直さに感謝するわ。こっちもひどい気分なんだから。昨日の拓海の捨て台詞が、頭の中で繰り返し再生される。「七海……ずいぶんユニークな名前だね」。あの男、間違いなく何かを探っている、しぬ!』
「自信をつけさせてくれてどうも」私はありがたくコーヒーを受け取った。「ちょっと、よく眠れなくて」
和也は私の机の椅子に腰を下ろすと、居心地が悪くなるほどじっと、その青い瞳で私の顔を観察した。「昨日のことだけど。あの拓海ってやつ……どれくらい知ってるんだ?」
質問は不意打ちだった。最初の一口でむせそうになる。
「同じ高校だっただけだよ。どうした?」
「いや……」彼は慎重に言葉を選ぶように間を置いた。「あいつには気をつけろ。何か、嫌な感じがする」
『和也も気づいたんだ。彼はいつも人の本質を見抜くのが鋭くて、他の人が見逃すような些細なことにも気づく。それは心強いと同時に、恐ろしいことでもあった。彼が拓海の危険性を感じ取れるなら、その危険は本物だということだ』
週末の間ずっと見つめていた嵐雲のように、月曜の午後がやってきた。一般心理学は、私があまり好きではない必修科目の一つだった、内容のせいではなく、小林教授が学生をディスカッションに参加させるのが大好きだからだ。
目立たずにやり過ごしたい人間にとって、後列に座って黙っている方がずっと好ましい。
しかし、午後二時に講義室へ足を踏み入れた瞬間、私の胃は奈落の底に落ちていくような感覚に襲われた。三列目に拓海が座っていて、その隣には見知らぬ女の子がいた。
しぬ.......
シャンプーのCMから抜け出してきたようなブロンドの髪、私の教科書代より高そうな化粧。そんな彼女が拓海に何かを囁くと、二人はそろってまっすぐ私の方を向いた。
私は急いで後方の席を見つけ、壁の染みにでもなることを願った。だが、小林教授が授業を始めるやいなや、拓海の手がすっと上がった。
「小林教授、ご紹介したい方がいらっしゃいます。僕の彼女の鈴木梨乃です、心理学専攻で、今日の授業を聴講したいと」
小林教授は微笑んで頷いた。「もちろんです。鈴木さん、ようこそ」
ブロンドの梨乃は、吐き気がするほど甘い笑みを浮かべ、それから再び私に視線を走らせた。今度の彼女の表情は、高校時代にいた意地悪な女子グループを思い出させた。満面の笑みで近づいてきては、背後からナイフで刺すような、そんな連中だ。
『鈴木梨乃。拓海の彼女。どうして彼女が、よりにもよってこの授業を聴講したがるの? それに、どうして私を次の獲物みたいに見つめ続けるの?』
「本日は、性同一性とジェンダー表現について議論します」と小林教授が告げた。「社会的な期待が、個人のジェンダー表現にどのように影響を与えるか、例を挙げてくれる人はいますか?」
私は椅子に縮こまろうとしたが、梨乃の手はすでに空中に上がっていた。
「教授、外部からの圧力によって、異なるジェンダーとして振る舞わざるを得ないと感じる人がいるというのは、非常に興味深いことだと思います」彼女の声は透き通っていて、部屋全体によく響いた。「例えば、伝統的に男性が優位な環境に溶け込むために、男性的な特徴や外見を取り入れる人がいるかもしれません」
私の脈が肋骨を激しく打ちつけた。
「素晴らしい指摘ですね、もう少し詳しく説明していただけますか?」
「ええと」梨乃は続けた。その視線はまっすぐ私に固定されている。「時として、真の性同一性と、演じられたジェンダーとの境界線は曖昧になることがあります。それは、本物であることや自己認識についての疑問を投げかけます」
小林教授は感心したように頷いた。「興味深い。他に意見のある人は? 水原さん、あなたはどうですか?」
名指しされた瞬間、全身が凍りついた。拓海と梨乃を含め、室内の全員の視線が私に向けられる。梨乃の笑みはひときわ明るく、何か特別なことを待っているかのようだった。
『これは罠だ。彼女が性同一性へと会話を誘導し、そして今、小林教授が私に話を振った。これは偶然じゃない。彼女と拓海が、この全てを計画したんだ』
「私は……」私は咳払いをした。「人は誰でも、自分が心地よいと思う方法で自分を表現する権利があると思います」
「でも、その表現が……欺瞞的かもしれない場合はどうでしょう?」梨乃が滑らかに割り込んできた。「誰かが、自分の本当のアイデンティティについて他人を誤解させているとしたら?」
教室は水を打ったように静まり返った。全員の視線が重圧となって私にのしかかってくるのがわかる。耳元で自分の心臓の音が聞こえた。
「個人的な事柄についてプライバシーを求めることが、欺瞞にあたるとは思いません」私はなんとか声を震わせないようにして言った。
「興味深い視点ね」梨乃はそう言うと、その笑みを剃刀のように鋭くした。「この件、いつかじっくり話してみたいわ。授業の後、おしゃべりでもどう?」
小林教授が解散を告げた瞬間、教室から飛び出そうとしたが、廊下に梨乃の声が響き渡った。
「海! 待って!」
立ち止まって振り返るしかなかった。拓海が彼女のすぐ隣にいて、かつて私の心臓を――悪い意味で――高鳴らせた、あの馴染みのある捕食者のような笑みを浮かべていた。
「さっきのディスカッション、すごく良かったわ」梨乃は一歩近づきながら言った。「ジェンダー表現に対する考え方、本当に興味があるの」
「そんなに複雑なことじゃない」私は一歩下がりながら答えた。
「あら、でも複雑よ!」彼女の目は興奮でキラキラと輝いているかのようだ。「例えば名前。名前って、すごく多くのジェンダー的な期待を背負っているじゃない。例えば『七海』、とてもユニークよね? すごく……多用途というか」
不安が胸の中で渦を巻いた。「ただの名前だよ」
「もちろん」拓海が口を挟んだ。「でも名前は、その人について多くのことを教えてくれる。育った環境、家族の期待、時には秘密までもね」
彼らは猫と鼠の遊びをしていて、その鼠は、間違いなく私だった。
「もう行かないと」私はそう言って、その場を去ろうと向きを変えた。
「あら、でも海」梨乃が毒のように甘い声で呼び止めた。「私、心理学専攻なのよ、覚えてる? 人を読むのはとても得意なの。そして、あなたには見た目以上のものがたくさんあるって、そんな気がするのよ」
彼女は一呼吸おいて、その言葉を浸透させた。
「本当のあなたを知りたいな」
この悪夢が終わったかと思った矢先、梨乃は突然スマートフォンを取り出した。
「ねえ、楽しいことしない?」彼女は甲高い声で言った。「SNSで繋がりましょうよ。私、面白い人と繋がるの大好きだから」
彼女は目的を持って指を動かし、画面をスクロールし始めた。
「ええと……水原海……」彼女の指が止まった。「うーん、変ね。あなたの最近の写真がネットで見つからないみたい。大学生なら普通、SNSにたくさん投稿してるのに」
彼女は顔を上げ、その視線は刃のように鋭かった。
「まるで意図的に目立たないようにしているみたい。さて、どうしてそんなことをしたいのかしら?」
『彼女は私を調べている。すでにネットで私のことを検索していたんだ。もし彼女がもっと深く掘り下げて、高校時代の写真を見つけたら……しぬ!』
