第90章 彼女は去った

彼の温かい掌が肌に触れた瞬間、江森美鈴ははっと我に返り、反射的に彼の手の甲を押さえた。

二宮慎矢は彼女を見据えたまま、目の縁がひどく赤い。

美鈴は彼の手を取って、自分の下腹にそっと置かせる。まっすぐ彼を見て言った。

「今は、だめ」

「気をつける」

飢えた狼みたいに、じっと彼女だけを追う視線。その奥に、暗い光がゆらりと揺れている。

彼の掌を押さえていた美鈴の指が、かすかに震えた。首を強く振る。

「だめ。少しは我慢できないの?」

「お前が煽ったんだろ」

不満げに眉を寄せ、縋るように彼女を見る。

美鈴はきょとんとして、

「煽ってないけど」

言い終える前に、彼の顔がまた近づい...

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