第1章

ピロン――

突然の通知音に、自転車から転げ落ちそうになる。慌ててブレーキをかけると、歩道の消火栓にぶつかる寸前でなんとか止まった。

「うわっ、危なっ!」

配達アプリに表示された金額を見て、私は完全に固まった。

五万円!

目をこすり、見間違いじゃないことを確かめる。注文内容は、『青海レストランへ貴重な贈り物を配達。受取人:黒石誠』。

「ご、五万円!マジか、これってカップ麺三ヶ月分じゃん!」興奮で文字通り手が震える。「お願いだから、誰にもこの依頼、横取りされないで!」

ペダルを夢中で漕ぎながら、私の頭の中は興奮と不安でいっぱいだった。これって絶対、システムのバグでしょ?それか何かの詐欺?贈り物を届けるだけで五万円なんて、ありえない!でも、もし本当だったら?このお金があれば、来月のカップ麺地獄から抜け出せるし、ルームメイトに借りてたお金もやっと返せる!

まあ、いいや。やってみるだけやってみよう。最悪、無駄足になるだけ。それに、私には詐欺に遭うような価値のあるものなんて何もない――全財産、たったの二千円なんだから!

桜花大学の奨学金なんて、ほとんど何の足しにもならない。時給千五百円の図書館のバイト、時給千二百円のカフェのバイト、それに普段は一件最大五千円にしかならない配達アプリの仕事。三つのバイトを掛け持ちして、やっとこさ生活してる。なのに今日に限って――五万円!信じられない!

二十分後、私は息を切らしながら青海レストランのドアを押し開けた。見るからに高級そうなその店で、ユニクロのTシャツにジーンズ姿の私は、まるでお城に迷い込んだ村娘みたいな気分だった。

「配達に来た者ですけど」追い出されるんじゃないかとビクビクしながら、私は案内係の女性に恐る恐る声をかけた。

案内係は、まるで珍しい生き物でも見るかのように私を上から下まで値踏みした。「配達の方ですね?黒石様は12番テーブルにおられます」

私は勢いよく頷き、12番テーブルへと急いだ。でも、そこに着く前から、激しい口論が聞こえてきた。

「記念日にこんな店に連れてくるなんて、誠、本気で言ってるの?」

角からこっそり覗くと、茶髪の派手な美女が黒髪の男性を責め立てていた。あの男性が黒石誠に違いない――かなりのイケメンだけど、今は生ける屍みたいな顔をしている。

「絵里、聞いてくれ、サプライズを用意したんだ――」

「サプライズ?」絵里という名のその女性は、乾いた笑いを漏らした。「あなたの月給八十万円で、どんなサプライズが買えるっていうの?武田さんなんて、昨日私に千万円のカルティエのダイヤのブレスレットを買ってくれたのよ!それに比べてあなたは?こんな二流レストランに私を連れてきて」

私は思わずよろけそうになった。

じゅ、千万円のブレスレット!?この女、正気?月給八十万円って結構高いじゃない?私の月収の四倍だよ!

図書館、カフェ、配達アプリ――三つのバイトを掛け持ちして、死ぬ気で働いてやっと月二十万円ちょっとなのに。この女にとっては八十万円なんてはした金なんだ?

「だから、サプライズがあるんだって――」

「もうやめて!」絵里は椅子から立ち上がり、食器がガチャリと音を立てた。「もう終わりよ!貧乏人のくせに、金持ちのフリなんてしないで!私に必要なのはあなたみたいな負け犬じゃなくて、本物の金持ちなの!」

私は呆然と立ち尽くす。この女、マジで性悪すぎる!みんなの前で彼氏にこんな恥をかかせるなんて。

待って……ふと、手の中にある綺麗にラッピングされたギフトボックスを思い出した。これってもしかして、誠さんの「サプライズ」?包装だけでも高そうだし――中身はたぶん、アクセサリーか何かだ。

もしかしたら、私が仲直りの手助けをできるかも?確かにこの女は最悪だけど、誠さんは彼女のことを本当に大事に思ってるみたいだし。それに、二人がヨリを戻せば、私は間違いなく五万円の配達料をゲットできる。

意を決して、私は前に進み出た。「すみません、黒石誠さんでいらっしゃいますか?お届け物です。もしかして……これが、お話されていたサプライズでは?」

誠さんは顔を上げた。怒りに満ちた瞳に、一筋の希望の光が揺らめく。「ああ、そうだ。ありがとう――」

彼がギフトボックスに手を伸ばした瞬間、絵里が私の手からそれをひったくり、床に叩きつけた。「サプライズですって!?いらないわよ、そんなもの!」

外側の包装が破れ、中からエレガントなティファニーブルーの箱が現れた。

その箱を見た途端、絵里の笑い声はさらに刺々しいものになった。「はっ!そういうこと!見栄を張るためにティファニーの箱まで用意したわけ?誠、あなたって本当に哀れね!偽物の箱に安物のガラクタを詰めて、私を騙そうとしたの?」

誠さんの顔から血の気が引き、希望の光は完全に消え失せた。「絵里……」

「もう何も言わないで!」絵里は完全にヒステリー状態だった。「なんなのよ、あなた!デートの最中にプレゼントを配達させるなんて!しかも見栄を張るために偽物のティファニーの箱を使うなんて、馬鹿げてる!」

彼女はテーブルからシャンパングラスを掴むと、床に叩きつけた。「別れるわ!二度と連絡してこないで!」

ガシャン!

シャンパングラスが大理石の床で砕け散り、クリスタルの破片がそこら中に飛び散った。レストラン全体が静まり返り、すべての視線が私たちのテーブルに注がれる。穴があったら入りたい気分だった。

絵里は一度も振り返ることなく、ヒールを鳴らして去っていった。

誠さんは凍りついたように座ったまま、顔を青ざめさせたり赤らめたりしながら、震える手で小さなティファニーブルーの箱を拾い上げ、固く握りしめた。

私は何と言っていいかわからず、ただ気まずくそこに立ち尽くしていた。他の客たちからの視線と囁き声が、この状況をさらに屈辱的なものにしていた。

なんてひどい女なの!箱の中身が何であれ、少なくとも誠さんは彼女のためにプレゼントを用意しようと考えたのに。それに、人前でこんなふうに誰かを辱めるなんて、ひどすぎる。

突然、誠さんが立ち上がり、レストランの出口へと大股で歩き出した。

不安がこみ上げてきて、私は慌てて後を追った。この状況で、彼はちゃんと配達料を払ってくれるだろうか?どうか、無駄足になりませんように。

レストランの外で、私は緊張しながら声をかけた。「あ、あの……黒石さん、配達料のことなんですけど……」

誠さんは振り向かなかった。「いくらだ?」

「五万円です」と、私は慎重に言った。

彼は財布を取り出し、万円札を数枚手渡してきた。急いで数えると、きっかり五万円だった。

「ありがとうございます!」私は安堵の声を漏らし、ようやく自転車に向かった。

ロックを解除しようとしたその時、絵里がすごい剣幕で戻ってきた。「誠!彼女にいくら渡したの?五万円?いつもお金がないって言ってたじゃない!なのに、どこの馬の骨とも知らない配達員の女に、平気で五万円も渡すわけ!?それはどいうつもり!」

振り向くと、そこには怒りに燃える絵里の顔があった――誠さんが私にお金を払うのを見ていたのは明らかだった。

誠さんは固まり、そしてその顔は雷雨のように曇った。

「もうお前に関係ないだろう!」彼は歯を食いしばって言った。「お前は何もわかってないんだ――」

「何もわからないって、何が?」絵里は嘲笑った。「本当はお金があるのに、貧乏なフリをして私の気持ちを弄んでいたってこと?それとも、私にまともなプレゼントを買うより、見ず知らずの女に五万円を渡す方がマシだってこと?」

その一言が、完全に誠さんをキレさせた。彼は突然、スーツのジャケットから黒いクレジットカードを取り出した。「金が欲しいんだろ?本物の金ってやつを見せてやるよ!」

そのブラックカードが、夕方の光を浴びて鈍く輝いた。

マジかよ!あれって伝説のブラックカードじゃん!限度額無制限の!テレビでしか見たことない!

誠さんは私の方へ大股で歩み寄ると、私の腰に腕を回し、絵里の方を向いた。

「俺の彼女になれ」誠さんは私を見ながら、しかし絵里に向かって言った。「月々二千万円だ!」

私の目は、頭から飛び出しそうになった。「えっ!?に、二千万!?」

聞き間違いに違いない!二千万円?毎月?冗談でしょ!

「そうだ!毎月、二千万円!」誠さんはブラックカードを掲げた。「ただ、俺の彼女でいてくれればいい!」

私はそのカードを凝視し、頭の中は完全に真っ白になった。さっきまで五万円の配達料に大喜びしていたのに、いきなり月々二千万円にジャンプアップだなんて!落雷に打たれるより強烈な衝撃だった!

頭の中で必死に計算する。月二千万円ってことは、年二億四千万!貸与奨学金を全部返済して、あのボロいシェアアパートから引っ越して、ブランド物の服を買って、高級レストランで食事して、それでもまだお金が余る!

「やった!」私は自転車を放り出し、誠さんの首に腕を回した。「はい!はい!愛してるわ、ハニー!」

浅はかに聞こえるかもしれないけど、そんなことどうでもいい!二千万円!人生で一度も見たことのない大金だ!

その金額を聞いた絵里の顔は、幽霊のように真っ青になった。「誠!あなた、正気なの!?」彼女は私を指さし、金切り声を上げた。「私をちゃんと扱うより、この配達員の女に二千万円をあげる方がいいって言うの!?」

誠さんは私をさらに強く抱きしめながら、鼻で笑った。「今さら後悔か?遅いんだよ、クソ女が」

私は心の中でこの美しい女性に深く感謝した。土下座でもしたい気分だった。君があんなことをしてくれなければ、私はこの一生でこんな機会に恵まれることはなかっただろう。いや、本当にありがたい。ありがとう、君の分まで一緒にしっかりと楽しませてもらうよ。

「二千万円……」彼女は囁き、その体は小刻みに震えていた。

誠さんは彼女にもう一瞥もくれず、私を見下ろした。「名前は?」

「はい!山田麗香です!」私は興奮気味に答えた。

彼はスマホを取り出し、配達依頼の情報で確認する。「電話番号はこれか?」彼は私の番号を読み上げた。

「はい!それです!」私は必死に頷いた。

「よし」誠さんはスマホをしまった。「後で連絡する」

「わかったわ、ハニー!」私は熱心に頷いた。

二千万円もくれるんだから、ハニーと呼ぶくらい何でもない!ハニーどころか、彼が望むなら何でも呼んでやる!

絵里という女性の顔には後悔の表情が浮かんでいたが、私は今や踊り出したいほど嬉しかった。

まあ、落ち込むなよ。君にはまだ武田さんがいるじゃないか?一人くらい私に譲ってくれても構わないだろう。

今日から、山田麗香は正式に貧乏とサヨナラします!

まあ、パパ活みたいなものかもしれないけど、誰が気にする?手元にあるお金が全てよ!

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