第4章追放された
レイラ視点
私は、サンフランシスコ屈指の名門金融会社――メリディアン・インベストメンツの人事部長と向かい合って座っていた。彼の表情は、こちらに形だけの関心を示していたものから、私の名前を最近の一件と結びつけた途端、ろくに隠しきれていない居心地の悪さへと変わった。
「リードさん――あ、失礼。どうお呼びすればよろしいでしょう?」彼は必要もないのに書類をぱらぱらと弄りながら訊いた。
「レイラ・リードで結構です」私は淡々と答えた。慣れた痛みが胸を刺しても、平静だけは崩さない。
彼は咳払いをする。「リード様、資格は申し分ないのですが、残念ながら当社には適さないかと存じます。当社はリード家と長年のお付き合いがあり、それを大切にしておりまして……」
私はうなずいた。こう返されることは想定済みだった。今週だけで、これで七社目だ。「承知しました。お時間をいただき、ありがとうございました」
エレベーターへ向かう途中、かつてリード家と仕事をしていた関係者がちょうど中へ入るところだった。視線が一瞬だけ絡む。しかし彼はわざとらしく顔を背け、急に階数表示に興味を持ったふりをした。受付の女は私が通り過ぎると、声を落とすこともなく同僚に囁く。
「見た? クロエを階段から突き落とした、あの頭のおかしい女……」
ビルの外では、警備員たちが目に見えて距離を取った。まるで私が何かの感染源であるかのように。ガラス越しに、人事部長が最高経営責任者と話しているのが見えた。唇の動きは、離れていても読み取れる。
「リード家がはっきり……」「勘当された……」「危険を冒すほどの価値は……」
私は拳を握りしめ、こみ上げる涙を押し戻しながら、背筋を伸ばして歩き去った。皮肉なものだ。かつては私の気を引こうと競い合っていた会社が、今や受付の席一つすら与えない。
「申し訳ありません、リードさん。この部屋は、たった今決まってしまいましてね」大家はそう言った。身分証を確認した途端、さっきまでの熱心さは跡形もなく消えていた。
「でも、掲載されたのは今日ですよ」私は食い下がった。「少なくとも二週間は空室のはずだって、あなた自身が言ったじゃないですか」
彼は目を合わせようとしない。「急に事情が変わったんです。こういうことは、よくあるでしょう……」
大家は電話に出るため少し離れた。声を潜めてはいるが、断片は耳に入る。
「ええ、来てます……いえ、貸しません……もちろん……」
戻ってきた彼の態度は、別人のように冷え切っていた。「今すぐお引き取りください。さもないと警備を呼びます」
「結構です」私は苦い笑みを浮かべた。「自分で出ていきますから」
ロビーを横切ると、警備員がわざと大声で言い放った。「やっとだな。人を殺しかけた気狂い女が、ようやく出ていくぞ」
近くの住人たちがひそひそと囁き合う。「聞いた? リード家の令嬢を階段から突き落としたって……」
外へ出た瞬間、土砂降りだった。あっという間にびしょ濡れになる。傘もない。車もない。行く場所もない。雨の中で立ち尽くし、私は暗い気持ちで思った――少なくとも、セロンはまだ出張中だ。今のところ、これ以上ややこしいことは起きない。
カフェが雨宿りの仮の避難所になった。私はずぶ濡れのまま中へ入り、客たちの視線を浴びる。店員は露骨に私を無視し、ようやく近づいてきたときも、嫌々なのが一目で分かった。
「……ご注文は?」侮蔑を隠そうともしない声だった。
「ブラックコーヒーを、お願いします」私はメニューの中で一番安いものを選び、目立たないようにしていた。
だが、その試みは無駄に終わる。リード家と親しい社交界の女たちが二人、カフェに入ってきたのだ。私を見つけると、最初の女がわざと声を張り上げた。
「あら見て。かわいそうなクロエを階段から突き落とした、あの精神異常者じゃない!」
連れの女もすぐに乗っかる。「クロエはまだリハビリ中なのよ。それなのに、この悪辣な女が、よくものうのうと人前に顔を出せるわね!」
三人目の女が追い打ちをかけた。「スターリング氏、あの女とはその場で離婚したって聞いたわ。ざまあみなさいよ!」
店内の空気が一斉にこちらへ向き、ささやき声が野火のように広がっていく。給仕が「うっかり」熱いコーヒーを私の手の甲にこぼし、赤く怒ったような跡がくっきり残った。
「ごめんなさぁい」彼女は透けて見えるほど白々しく言った。「事故だったんです……」
「ええ、もちろん」私は落ち着いた声で応じ、ナプキンで火傷をそっと押さえた。「わかっています」
私はあえて席を立たず、手の灼けるような痛みと、周囲を囲む敵意の視線の中で、最後の一滴までコーヒーを飲み切った。
仮の住まいは、スターリング邸とは雲泥の差だった。安ホテルの部屋は壁紙がめくれ、配管はどこかで漏れている。ぽたり、ぽたりと絶え間なく落ちる雫が、頭の奥を苛立たせる一定のリズムを刻んでいた。
小さなスーツケースを、沈み込んだベッドの脇に置く。つい昨日、別のホテルでクレジットカードが通らず追い返されたばかりだ。「申し訳ございません、お客様の口座は凍結されております」
財布を開き、残ったわずかな現金を数えた。銀行口座の画面には、共同名義の口座はすべて凍結、カードは解約、資産はスターリング側の弁護士により封鎖――そんな表示が並ぶ。結婚前からの貯えだけが残っていたが、それもみるみる目減りしている。
新聞で丸をつけた求人欄を見直した。私には過ぎたほど簡単そうな募集がずらりと並び、その多くが「良好な身元と評判」を条件に掲げていた。
小型冷蔵庫の中身は水のボトル一本と、期限切れのサンドイッチひとつ。あと数日をどうやって凌ぐかを計算しながら、ホテルの安っぽいアメニティに目をやる。かつて何も考えずに使っていた高級ブランドとは、あまりにも対照的だった。
携帯電話の画面には低電量の警告が点滅しているのに、充電器は壊れ、買い替える金もない。「まさか、日用品を買えるかどうかで悩む日が来るなんて」私は誰もいない部屋に向かって呟いた。
コンビニでは、いちばん安いパンと缶詰、それに最低限の洗面用品を選んだ。タクシーに乗ろうとしても、拾ってくれる車が見つからず、歩いて来るしかなかった。
店員は私の顔を一目で見抜いた。表情がすっと強張り、まるで万引きを警戒するように、私の動きを端から端まで見張ってくる。
レジに並ぶと、前の客が私に気づき、わざと距離を取った。
「その女から離れなさい」母親が子どもに言い聞かせる。「危ない人よ」
店員は私の金を受け取る前に、わざわざビニール手袋をはめた。私の指先に触れたら汚れるとでも言いたげに。会計を済ませると、袋もつけず、品物をカウンターの端へ押しやった。
私は腕いっぱいに抱え込み、残っているわずかな自尊心を崩さぬようにして店を出た。
その晩、ホテルの窓辺に立ち、街の灯りを見下ろした。二十五年間、私を受け入れてきた同じサンフランシスコが、いまでは私を厄介者として扱っている。
離婚届に署名した瞬間が蘇る。小さなスーツケース一つを手に、スターリング邸を出た。すべてを剥ぎ取られたように。
リード家の後ろ盾も、スターリングの名もない私は、この社会の目にはほとんど無に等しい。リード家の「愛娘」から詐称者へ、スターリング夫人から路頭へ。身分が崩れ落ちる感覚は、胸をえぐるほど残酷だった。
ヴィクトリアが離婚書類を差し出したときの勝ち誇った顔も思い出す。「これでようやく、うちの息子も出自の怪しい偽物の令嬢から解放されるわ」
窓に映る自分は、疲れ切った女だった。雑誌の表紙を飾り、社交界を飛び回っていたあの頃の自分とは、まるで別人だ。
涙を拭い、私は肩を正した。「やり直す」そう自分に言い聞かせる。
必要なら、最底辺からでも。ゼロから積み上げ直すと決めた。
「奪われたのは、身分と財産と立場」窓の中の自分に囁く。「でも、誇りと意志までは奪えない。リードでもスターリングでもなくても、私は私のやり方で生き抜けるって、必ず証明してみせる」
