第548章 霧の中

小鳥遊初が書いたのは、海辺のことだった。

石田弘之が落ち着いた調子で口を開く。「バレンタインに海辺へ行った、あのときのことか?」

彼女はぱちりと瞬きをして、首をかしげる。「わざと間違えたの?」

石田弘之は笑みをさらにやわらげ、声を落として説明した。「違う。君にとっては海辺が初めてでも、俺にとってはそうじゃない。君の誕生日会で飲みすぎてさ……俺の腕の中で酔いつぶれた。堪えきれなくて、キスした」

「……私にとっては、あれが初めて」

小鳥遊初は口元だけをほんの少し持ち上げたが、瞳の奥はまるで動かなかった。

バレンタインの海辺で彼がしたのは、唇の端に触れる程度のキスだ。あれを“ファースト...

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