第117章

千鳥凪紗はマリンに調合してもらった薬を手に、梅原家に戻った。

身体の芯にはまだ疲労が澱のように残っている。けれど、心はかつてないほど凪いでいた。

藤野拓介がくれた約束。それが、あらゆる困難に立ち向かう勇気を彼女に与えてくれていた。

リビングに足を踏み入れると、巨大な紅木の座卓に辰樹がへばりついているのが見えた。自分の腕ほどもありそうな大筆を小さな手で握りしめ、赤い金砂子の宣紙に一筆一筆、真剣な表情で何かを書きつけている。その横顔は、一丁前の「小さな大人」だ。

桂田秀蘭がその傍らに座り、慈愛に満ちた眼差しを注いでいた。顔には隠しきれない誇らしさが滲んでいる。

「あら、凪紗。お帰りなさ...

ログインして続きを読む