第64章

ビルの最上階。

藤野拓介は双眼鏡を下ろすと、唇の端をわずかに持ち上げ、極めて薄い笑みを浮かべた。

あの蹴り、なかなか強烈だったな。

闇の中、彼が全身に纏っていた殺気のようなものが幾分か薄れ、代わりに言葉にしがたい愉悦が漂い始める。

背後に控えていた檜山元司は、主人の顔に浮かんだその一瞬の笑みを見て、張り詰めていた神経をようやく緩めた。

「檜山」

暗闇に響く藤野拓介の声は、低く、磁力を帯びたように魅力的だ。

「はい」

「藤野実和には、もう少し水に浸かっていてもらおうか」

藤野拓介は袖口をゆっくりと整えながら、淡々と言い放つ。

「一晩中な。精力が有り余って、あちこち噛みつかれ...

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