第91章

椎名水緒が命を受けて足早に退室すると、病室にはしばしの静寂が戻り、医療機器が規則的に刻む電子音だけが残された。

これまで部屋の隅で沈黙を守っていた桂田が、ようやく重い足取りで歩み寄ってきた。彼はベッドの上で閉目養神している藤野拓介を一瞥してから、視線を羽菜へと移した。

「羽菜ちゃん、お前いつも兄貴のことを気にかけてただろう? さっき藤野さんが願いを叶えてやるって言った時、なんで両親のことばかりで、肝心の兄貴のことは忘れてたんだ?」

羽菜はナイフを拭う手を止め、長い睫毛を持ち上げると、その澄んだ瞳に冷笑を浮かべた。

カチリ、と小気味よい音を立ててナイフを鞘に収めると、彼女は腕を組み、呆...

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