第2章
紗枝の視点
翌日の午後一時四十五分。私は予約の十五分前にクリニックに到着した。わざと選んだのは、できるだけ露出の少ない、シスターみたいに体を包み込むような、長袖のフィットしたトップスと膝丈のワークアウトパンツだ。
『これで、もうあの男に好き勝手させない』
待合室には私の他に誰もおらず、不気味なほど静かだった。受付の真里亜さんは私を見ると、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。「鈴木さん、お母様からお電話がありまして、急用で本日は付き添えなくなったとのことです。逸見先生はまもなくいらっしゃいます」
『好都合だわ。母さんがいなければ、あのクソ野郎とちゃんと反抗できる』
そう思った矢先、背後から聞き覚えのある足音が近づいてきた。振り返ると、光代がこちらへ歩いてくるところだった。今日彼が着ているのは、昨日よりもさらにフィット感の強いグレーの医療用ユニフォーム――広い胸板、引き締まった腹筋、そして忌々しいほどセクシーな尻のラインを、これでもかと見せつけるためにデザインされたようなシャツだった。
『クソっ、なんでこいつは相変わらずこんなに格好いいのよ』
私の地味な服装を見て、彼の瞳に明らかに嘲りの色が浮かんだ。
「今日はまた……ずいぶんとおとなしい格好ですね、鈴木さん」彼は唇の端をわずかに吊り上げ、ゆっくりと言った。
私は冷たく言い返した。「医療機関にふさわしい格好だと思っただけです」
「ご心配なく」彼は私についてくるよう身振りで示しながら言った。「私の治療法は、いつだって非常に……徹底的ですから」
『徹底的ですって?ふざけだことを!』
彼の後ろを歩きながら、そのセクシーな尻の曲線を見つめないように必死だった。「それは何よりだ、でも!相応の職業意識は保ってもらいたいものね!」
彼は治療室のドアを押し開け、危険な光を宿した瞳で私を振り返った。「相応の職業意識? 面白い考えですね。それはあなたが『相応』をどう定義するかによるんじゃないですか?」
二人きりの治療室は、今日に限ってやけに静かだった。柔らかく暖かい照明が親密な雰囲気を醸し出し、空気はラベンダーのアロマオイルの香りで満たされている。
『あの野郎、絶対にわざとだわ』
光代はカチリと小気味よい音を立ててドアに鍵をかけると、こちらに向き直った。彼は戸棚からさらに短い治療着を取り出し、私に手渡した。
「今日はより深い筋肉のセラピーを行います」彼の声は低く、どこか暗示的だった。「その服では……邪魔になります」
服とは到底呼べないそれを受け取り、私は内心で怒りを燃やした。「その必要はないと思います」
彼の視線が、不意に鋭くなった。「必要はない、と?」彼はゆっくりと私に歩み寄る。「医者が私ですよ、鈴木さん。私が必要だと言えば、それは必要なことなんです。……それとも」彼は私の目の前で立ち止まり、私を見下ろした。「他の医者を探しますか?」
『脅してくるなんて、最低な野郎!』
彼の威圧感に思わず後ずさりしそうになるのを、意地でこらえ、歯を食いしばって答えた。「逃げたりしません」
彼は不意に危険な笑みを浮かべた。ベッドの中にいた時の彼を思い出させる表情――支配的で、危険で、抗いがたい、あの笑みだ。
「結構。あなたのその『意地』が、いつまで続くか見ものですね」
五分後、私は例の冗談みたいな「治療着」――ほとんど透けているタンクトップと、馬鹿みたいに短いワークアウトショーツ――を着ていた。治療台に再び横たわると、光代の焼けるような視線が私の体を舐めるように這うのを感じた。
『最悪……なんで言うこと聞いちゃったのよ』
「太ももから始めましょう」彼は私の内腿に手のひらを置いた。その馴染みのある温もりに、全身が瞬時に粟立つ。「筋肉がとても緊張していますね……怖いからですか?」
私は歯を食いしばった。「怖いものなんてありません」
彼の手がゆっくりと上へ移動し始め、その指が触れるたびに肌が震えた。「そうですか?」彼はぐっと顔を寄せ、温かい吐息が私の耳をくすぐる。「では、なぜ震えているんです?」
『あんたが誘惑してくるからでしょ、このクソ野郎!』
呼吸を整えようと努めたが、彼の親指が太ももの付け根で小さな円を描いたとき、私は舌を噛み切りそうになった。
「その反応は、あなたの体が私たちの間のすべてをまだ覚えていると物語っていますよ」絹のように滑らかな声が、耳元を撫でた。
だめ、紗枝、忘れないで、こいつは浮気したクソ野郎なんだから! 必死に自分を奮い立たせ、あの胸が張り裂けそうになった午後を無理やり思い出す。そう、あの忌々しい土曜日――
(二ヶ月前、土曜の午後、湾岸マリーナモール……)
私はいくつものショッピングバッグを抱え、賑わうショッピング街を意気揚々と歩いていた。明日は光代の誕生日で、特別なサプライズを贈りたかったのだ。付き合って一年近く、すべてが順調だった。このまま二人の関係は続いていくのだと、そう思っていた……。
あのオープンカフェの前を通りかかり、見覚えのある人影が目に留まって足を止めるまでは。
光代?
彼は屋外のテーブル席で、見たこともない女性と座っていた。流れるような長い髪、透き通るような白い肌、見事なプロポーション。タイトな赤いドレスを身に纏い、まるでモデルのように完璧だった。
私は柱の陰に隠れて、二人を見つめ、心臓が不規則に打ち始めた。
すると、その女性が立ち上がり、光代の背後に回って彼の肩に腕を絡め、頬を寄せた。その動きはあまりにも親密で、自然で、まるで……まるで、恋人のように。
『いや、そんなはずない……』
そして、私の心を打ち砕く光景を見た。彼女が彼の頬にキスをすると、光代は彼女の手を握り返し、指を絡ませながら微笑んだのだ。
その瞬間、世界が崩壊した。
『これが、彼の週末の「用事」の真相だったのね……』
胸をナイフで突き刺されたような感覚に襲われ、痛みで息もできなかった。手からショッピングバッグが滑り落ちる。中には、彼のために慎重に選んだ誕生日プレゼント――「Forever yours(永遠にあなたのもの)」と刻印された高価な腕時計が入っていた。
『なんて皮肉なの』
(その夜、午後十一時、私のアパートで……)
私はベッドに腰掛け、買い物に行った時の服のまま、泣き腫らした赤い目で携帯を握りしめていた。あの光景が午後中ずっと頭の中で再生され、そのたびに傷口に塩を塗り込まれるようだった。
震える指で、画面に文字を打ち込む。
「別れましょう。もう連絡しないで」
送信。
そしてすぐに、彼の電話番号、line、SNS――私に連絡するすべての手段をブロックした。
『逸見光代、私は、誰かの都合のいい女になるつもりはないわ』
電話が「非通知設定」で必死に鳴り始めたが、ブロック機能がすべてを遮断してくれた。彼だとわかっていたけれど、どんな言い訳も聞きたくなかった。あんな光景を見た以上――何の説明が必要だというの?
『わかっていたはずなのに……男なんてみんなこうなのよ。女はただのオモチャ、取り替えのきくオモチャでしかないんだわ』
携帯の電源を切り、枕を抱きしめて、夜が明けるまで泣き続けた。
「何を考えているんですか?」現在の光代が私の感情の変化に気づき、手を止めた。
あの痛ましい記憶のせいで、私はもう彼の感触に耐えられなくなっていた。私は突然上半身を起こし、彼の手を振り払った。
「もういいです!治療は終わりです!」
彼は眉をひそめ、その瞳には純粋な心配の色が浮かんでいた。「どうしたんですか?ひどく動揺しているように見えますが」
彼の罪のない表情を見て、私は完全に爆発した。「何でもありません!ただ、もう続けたくないだけです……この、治療とやらを!」
涙が目に込み上げてくるのを、必死にこらえた。彼の前で弱いところを見せたくなかった。
彼は私の腕を掴もうと手を伸ばした。「紗枝、一体何があったのか話してください。二ヶ月前、あなたは突然姿を消した。そして今度はこれだ……」
私は彼の腕を振り払い、怒りのあまり自制心を失っていた。「二ヶ月前?あなた、それがなぜだか本当にわからないっていうの?」
彼の表情は心から戸惑っているようで、それが私をさらに怒らせた。
「本当にわからないよ!突然別れるってメッセージを送ってきて、それから私をブロックした!私が何をしたのかさえわからないんだ!」
『何をしたのかですって?私を裏切ったじゃない!他の女と一緒にいたじゃない!』
真実を叫び出しそうになったが、理性が私に沈黙を選ばせた。もし彼が本当に浮気したとして、それを認めるだろうか?男なんて、捕まっても否定するものではないか。
「どうでもいいわ」私は冷たく笑い、立ち上がって自分の服に着替え始めた。「私たちはもう終わりよ、光代。完全に、終わり」
「いや、話さなければならない!」彼は私の腕を掴んだ。その瞳には、私には理解できない切迫感が宿っていた。「紗枝、何があったにせよ、解決できるはずだ……」
「解決ですって?」私は彼を睨みつけた。「裏切りが解決できるとでも?浮気が許されるとでも思ってるの?」
彼の表情はさらに混乱を深めた。「裏切り?浮気?紗枝、何を言っているんだ?私は一度も……」
「もういい!」私は力ずくで彼の手を振りほどいた。「演技はやめて!うまい演技は見たことあるけど、ここまで白々しいのは初めてだわ!」
そう言い放ち、私は部屋を飛び出した。治療室には、呆然と立ち尽くす光代が一人残された。







