第2章
泉美
私は半狂乱で電話を切り落とした。けれど、そのスマホはすぐに狂ったように震え始め、まるで本体を粉々にでもするつもりかのように、慎吾から何度も何度も着信が繰り返された。
私は隣にいる男を見た。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、彼の完璧な筋肉の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。
「あなたが、本当に慎吾のお父さん……?」私の声は震えていた。「だって、五十代とかじゃ……」
勇弥はゆっくりと身を起こした。その威圧的なほどの落ち着きは、恐ろしくもあり、同時に人を惹きつけてやまない魅力があった。彼は少しも慌てる様子を見せず、まるでこのような気まずい状況は日常茶飯事であるかのようだった。
「継父だ。養子だよ」彼の声は、変わらず低く、磁力を帯びていた。「彼の両親は私を助けて死んだ。だから私が彼を引き取ったんだ。私は三十三歳だ」
頭が真っ白になった。継父? それはどういう意味? 事態は良くなったの? それとも悪くなったの?
スマホはまだ震え続けていて、画面には慎吾の名前が点滅している。吐き気を感じた。昨夜のアルコールのせいか、それともこの馬鹿げた状況のせいか、わからなかった。
勇弥は立ち上がって服を着始めた。その動きはまるでパフォーマンスのように優雅だ。彼はスーツのポケットからバンクカードを取り出すと、無造作にベッドの上へ放り投げた。
「三十万。口止め料だ」彼は振り返りもせずに言った。「昨夜のことは忘れろ。俺たちは会っていない」
黒いカードが、しわくちゃのシーツの上で静かに横たわり、朝日を浴びて冷たく光っていた。
三十万? 私を何だと思ってるの?
怒りが、突然、私の衝撃を突き破った。私はカードを突き飛ばし、カードは床に叩きつけられて甲高い音を立てた。
「私は娼婦じゃない!」私は彼に向かって叫んだ。「昨日の夜は、私自身の選択よ。あなたのお金なんていらない!」
勇弥は服を着る手を止め、ゆっくりとこちらを振り返った。彼の目に驚きの色がよぎる。まるで、自分にこんな口を利く人間はほとんどいないとでも言うように。
私たちは見つめ合った。空気中の緊張が、ほとんど窒息しそうなくらいに張り詰めている。彼は私を長く、鋭い視線で見つめ、何かを言いかけたようだったが、結局何も言わなかった。
「面白い女だ……」彼はそう呟くと、二度と振り返らずに部屋を出て行った。
私は一人、ベッドに座り込んだまま、床に叩きつけた黒いカードを見つめていた。突然、世界中が馬鹿げてしまったように感じられた。
二時間後、私は桜都総合病院の産婦人科で、由美に固く手を握られていた。
股の間の痛みは、昨夜の出来事を無視することを許してくれなかった。診察中、中年女性の医師は眉をひそめていた。
「若い人も、もう少し気をつけなさい」彼女は私に意味ありげな視線を送った。「一晩に何度もというのは体に負担がかかるし、相手の方も……その、サイズを考慮して、次はもっと優しくしてもらうように彼氏に言いなさい」
私の顔は一瞬でトマトのように真っ赤になった。隣で由美が笑いをこらえようとしていたが、彼女の強烈な好奇心はひしひしと伝わってきた。
病院を出ると、由美はすぐに私を向かいのコーヒーショップに引きずり込んだ。
「で、その一夜限りの相手って、そんなにすごいの?」由美は声を潜め、ゴシップに飢えた目でキラキラさせながら言った。「お医者さんまでコメントするなんて……」
私は深呼吸した。幼馴染で親友の彼女に隠し通せるわけがない。
「慎吾のお父さんだった」
由美の口からコーヒーが噴き出し、あたり一面に飛び散った。彼女は、まるで私が宇宙人だとでも告白したかのように、目を丸くして私を見つめた。
「はぁっ?!」彼女の声はあまりに大きく、コーヒーショップ中の客が私たちの方を振り向いた。「最近のおじさんってそんなにすごいの? 何か薬でもやってたんじゃないの?」
「いや、継父だからそんなに歳いってなくて、まだ三十三歳で……」私の声はどんどん小さくなっていった。「それに、すごくハンサムで、体もすごくて……」
由美はしばらく呆然と私を見つめていたが、やがて突然、大声で笑い出した。
「泉美、あんたそれ、どこの昼ドラの展開よ? 彼氏の浮気現場を押さえたと思ったら、今度はその父親とワンナイトするって?」
「継父だってば!」私は強調したが、自分でもその区別が無意味に感じられた。
「あんたの人間関係、もうめちゃくちゃじゃない」由美は笑い涙を拭った。「でも真面目な話、本当にそんなに良かったわけ? その……ベッドで」
昨夜の情事を思い出し、私の体は不覚にも熱くなった。勇弥は確かに慎吾とは全く違った。彼は女性の喜ばせ方を知っていて、私の体を燃え上がらせる術を知っていた。
「すごく良かった」私は認めた。「慎吾より、ずっと」
アパートに戻り、私は一人で鏡の前に座り、やつれた自分の顔を見つめていた。
昨夜の情熱がまだ頭の中で再生され、自分の体が彼を求めていることを否定できなかった。彼の指先に触れられたことを思い出すたび、肌が火照る。
『これは間違ってる。間違ってるってわかってる。なのに、どうしてまだ彼のことを考えてるの? どうして私の体は、完全に所有されたあの感覚をまだ味わおうとしてるの?』
スマホがまた震え始めた。慎吾から立て続けにメッセージが届いていた。
[泉美、話がある!]
[どうして親父と寝たりできるんだよ?]
[気持ち悪いぞ!]
[俺への当てつけのつもりか?]
これらのメッセージを見ていると、なんだかおかしくなってきた。当てつけ? 最初はそうだったかもしれないけど、今は……今はもう、これが何なのか自分でもわからない。
私は全てのメッセージを削除したが、慎吾の言葉は頭の中にこびりついていた。
その時、玄関のドアベルが鳴った。由美かと思ったが、ドアを開けると見知らぬ男が立っていた。
「桜井泉美さんですね?」彼の声は冷たかった。「あなたのベーカリーの食品衛生に関する苦情が申し立てられました。立ち入り検査を実施する必要があります」
彼は保健所からの通知書を私に手渡した。私は苦情が申し立てられた時刻を見た――今朝、私がホテルを出てすぐの時間だった。
「誰が苦情を?」私は尋ねた。
「それは守秘義務がありますので」男は無表情に答えた。
手の中の通知書を見つめていると、不吉な予感がこみ上げてきた。これが偶然のはずがない。絶対に。
