第3章

百合子の視点

その時、怒鳴り声が聞こえてきた。男の声で、冷たく激怒していた。

「それがダンスか?形だけ真似してどうする!魂を感じさせろ!魂を見せろ!」

女性の声がかすれた。「すみません、精一杯やったつもりです」

「君の精一杯では足りない!感じられないなら、私の時間を無駄にするな!」

「でもフェッテの部分で、足首が——」

「足首の問題じゃない。覚悟の問題だ」

言葉が止められずに口から滑り出た。

「重心が左に三センチずれてる。十六回転目、軸足が完全に伸びきってない」

静寂。

黒ずくめの男が振り返った。暗い瞳、深く鋭い。こめかみに銀の筋。左腕に鳳凰の刺青。

彼は私の骨の髄まで見透かすような視線を向けてきた。

「君は何者だ?」

「誰でもありません」

彼が歩いてくる。一歩一歩が意図的だった。

「バレエを知っている」疑問文ではなかった。

「昔は」

彼の目が細められた。「昔は。どのくらい?」

「六年間」

彼は五秒間私を見つめた。彼の表情に何かが変わった。

「桜井百合子。JPB(日本プレミアバレエ団)の最年少プリンシパル。ジゼル。リフトから落ちた」

私は後ずさった。「私をご存知なの?」

「この業界の誰もが君を知っている。消えた天才を」

彼がさらに近づいてくる。「なぜ隠れている?」

「隠れてません。もう踊れないんです」

「踊れない、それとも踊らない?」

「違いがありますか?」

「ある」

私たちは見つめ合った。彼の視線は強すぎる。目を逸らしそうになった。

「ついてこい」

「え?」

「私のスタジオだ。今すぐ」

「でも——」

「頼んでいるのではない」

彼は振り返って歩いていく。私は三秒間固まった。

それから従った。

千代田地区。工業地帯。彼は古い倉庫のような建物の扉を開けた。中は:むき出しのレンガ、巨大な鏡、木の床。

彼はテーブルから厚いノートを取った。

「フェニックス」

「何ですか?」

「私の次のプロジェクト。灰から蘇ることについてのバレエだ」

彼はそれを開いた。振付のメモ、スケッチで埋め尽くされたページ。

「六ヶ月間、適切なダンサーを探していた。海浜市のプリンシパル全員がオーディションを受けた。全員違った」

彼は顔を上げた。「完璧なテクニックは訓練できる。しかし一度壊れて再構築された魂は?それは偽れない」

「私の足首は——」

「君の足首など気にしない」

「え?」

「君の目を気にしている」

彼は近づいてきて、私に彼の視線と向き合うことを強いた。

「君の目には絶望がある。渇望がある。まだ死んでいない炎がある。それがフェニックスに必要なものだ」

喉が詰まった。

「踊ってみろ。今すぐ」

「できません——」

「やってみろ」

私はジャケットを脱いだ。鏡に歩いて行った。深呼吸。

右足を上げた。アラベスク。足首に痛みが走ったが耐えた。歯を食いしばって。

彼は見ていた。一言も言わない。ただ私の秘密を全て読み取るように見ていた。

三十秒。それが私の限界だった。足を下ろし、息を切らした。

「ほら?できないんです」

「君は損傷した足首で三十二秒間保持した。健康な足でもそれほど長く保持できるダンサーは少ない」

彼は間を置いた。「君は壊れていない、百合子。君は生まれ変わろうとしている」

その言葉は深く響いた。目が熱くなった。

「私はヨーロッパ最高のスポーツ医学チームにアクセスできる。チューリッヒのクラウス博士。ダンサーのリハビリ専門だ」

「そんなお金は——」

「私が負担する。私のプロジェクトへの投資だ」

「なぜ私に投資するんですか?」

長い沈黙。彼の顔に痛みのようなものが過った。

「昔、誰かが私に言った。『真の芸術は壊れることから生まれる。完全であることからではない』と。彼女は正しかった」

「彼女?」

「やるか?六ヶ月のリハビリ、六ヶ月のリハーサル。それから初演」

「考えさせてください」

「時間をかけろ。ただし長すぎるな。フェニックスは永遠に蘇りを待ってはくれない」

彼は名刺を渡した。「決めたら電話しろ。しなくてもいい。君の選択だ」

アパートに戻って、午前二時。私はベッドに座り、大悟の名刺を握っていた。

月光が窓辺のバレエシューズに当たっていた。

彼は私が壊れていないと言った。生まれ変わろうとしていると言った。

でも怖い。失敗するのが怖い。また落ちるのが怖い。

窓に歩いて行き、シューズを取った。座って、靴下を脱ぎ、足を滑り込ませた。リボンをきつく結んだ。

立ち上がった。ポワントで立った。

足首が悲鳴を上げた。震えながら、唇を強く噛んだ。

一秒。二秒。三秒。十秒。

息を荒くして下りた。涙が落ちた。

でもこれは諦めの涙ではなかった。これは戦いの涙だった。

昔の桜井百合子にはなれないかもしれない。でも新しい誰かになれる。

それが再生の意味なのかもしれない。戻ることではない。前進することだ。

携帯を取り、彼の番号を見つけた。

「いつから始めますか?」と打った。

後でベッドに横になり、目を閉じた。

初めて、ぐっすり眠れた。

悪夢はなかった。

午前六時。アラームが鳴ったが、私はもう荷造りをしていた。Tシャツ数枚。ジーンズ二本。古いジャケット一着。全てがバックパックに収まった。

最後に窓辺のバレエシューズを取った。タオルに包んで、バッグの一番上に大切にしまった。

新都心国際空港、九時四十五分。私は国際線出発ロビーでスーツケースと共に立ち、周りを見回していた。

大悟が時間通りに現れた。黒ずくめ。サングラス。使い古されたキャンバスのバックパック。

「準備はいいか?」

「できる限りは」

彼はチケットとパスポートを渡した。「ビジネスクラス。慣れるな」

私はチケットを受け取った。桜井百合子。チューリッヒ行き片道。

手が震えた。

十時間後、スイスに着陸した。クリニックは市外にあった。モダンなガラスの建物。どの窓からもアルプスが見えた。

クラウス博士がオフィスで待っていた。ドイツ人、五十歳くらい。金髪。青い目。誰かが死んだかのような深刻な顔。

「桜井さん。あなたのケースを検討しました。怪我から六年後。完全な靭帯断裂。外科的修復。理学療法のフォローアップなし」

彼はライトボックスにレントゲンを叩きつけた。

「あなたの足首は災害です。瘢痕組織、可動域制限、筋萎縮」

私は腕を組んだ。「ひどいのは分かってます」

「ひどい?いえ。ひどいなら三ヶ月で治せます。これは?六ヶ月の地獄。もしかしたらもっと」

大悟が壁にもたれかかった。「彼女はまた踊れるようになるか?」

クラウス博士は黙った。「技術的には?たぶん。プロとして?それは彼女がどれだけ痛みに耐えられるかによります」

彼は私に向き直った。冷たい目。「私は患者を甘やかしません、桜井さん。あなたは泣くでしょう。やめてくれと懇願するでしょう。私を憎む日もあるでしょう。それに耐えられますか?」

彼は弱さを探している。私がひるむのを待っている。

私はより真っ直ぐに立った。彼の目を見つめた。

「やってみてください」

彼の顔に何かがちらついた。ほとんど笑顔。一瞬で消えた。

「よろしい。明日から始めます。午前六時。遅刻するな」

リハビリ室には巨大なプールがあった。水は氷のように冷たかった。

「入りなさい」

私は入った。冷たさがパンチのように襲った。クラウス博士が私の足首を押し始め、間違った角度に曲げることを強いた。

私は叫んだ。「やめて!お願いします!」

彼は瞬きもしなかった。「これは何でもない。明日はもっとひどくなる」

「こんなのできません!」

大悟がプールサイドに立っていた。無表情。「ならやめろ。桜川区に帰って、残りの人生を喫茶店で過ごせ」

私は強く噛み締めた。涙が冷たい水に溶けた。

「もう一度」

三週目。鍼治療室。ふくらはぎと足首に何十本もの針が刺さっていた。私はタオルを噛み、指でベッドシーツを握りしめた。

セラピストが静かに話した。「痛みは効いている証拠です」

私の指関節が白くなった。大悟が隅でカメラで全てを録画していた。

六週目。ストレッチ。クラウス博士が私の脚を押し下げた。

「もっと」

「できません——」

「君の『できない』が私のスタート地点だ」

汗と涙が顔を伝った。鏡の中の自分を見た。髪はぼさぼさ。顔は青白い。でも目は燃えていた。

八週目。クリニックの寮で午前二時。私はベッドに座り、腫れた足首を見つめていた。

ノックの音。大悟がアイスパックを持って入ってきた。

「眠れないのか?」

「何で分かったの?」

彼はベッドの端に座った。私の足首を冷やし始めた。彼の触れ方は優しかった。

「なぜこんなことを?私のことほとんど知らないのに」

彼は窓の外を見つめた。「言ったはずだ。投資だと」

「嘘。壊れたダンサーにこんなに投資する人なんていない」

「君は壊れていない。再構築されているんだ。違いがある」

十二週目。評価の日。

リハーサル室は空っぽだった。私、クラウス博士、大悟だけ。そして真新しいポワントシューズ一足。

「今日、六ヶ月の地獄が価値があったかテストする」

私は床に座った。リボンをほどいた。手が震えて止まらなかった。

大悟が歩いてきた。私の前にしゃがんだ。

彼は静かに言った。「考えるな。感じろ」

私は立ち上がった。深呼吸。目を閉じた。

重心をつま先に移した。ゆっくりと。

痛かった。でも六年前のようではなかった。あの引き裂かれるような感覚ではない。これは筋肉が目覚める痛みだった。

私は立ち上がった。ポワントで。

時が止まった。

一秒。二秒。五秒。十秒。

「あり得ない」

クラウス博士が衝撃を受けた声を出した。本当に衝撃を受けていた。

私は目を開けた。涙で全てがぼやけた。鏡の中に立っていた。ポワントで。六年前のように。

脚が震えた。下りて、床に倒れ込み、顔を覆った。泣いていた。

大悟が歩いてきた。何も言わない。ただ彼の黒いジャケットを私の肩にかけた。

私は笑いながら同時に泣いた。「やったわ」

彼は微笑んだ。かすかに。「いや。まだ始まったばかりだ」

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