第52章

「別に、不満なんてない」

松原南はペンを握り、さらさらと自分の名を署名した。「ただ、ちょっと急に思い出した用事があって。契約書はもうサインしましたし、ほかに問題がなければ、先に失礼します」

背後からは最後まで、何の声も返ってこなかった。南もそれに気づかないまま、扉を押し開けて外へ出る。

今日は、もうひとつ――どうしても片づけなければならない大事な用がある。

——留置場の外。

係官が奥へ案内しながら、横目で示した。「こちらです。どうぞ」

「はい。ありがとうございます」

松原南は頷き、礼儀正しく微笑む。

係官はすぐに去っていったが、南は扉の前で、二秒だけ立ち尽くした。

ここへ来...

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