第86章

距離が、近すぎる。

そう気づいた瞬間、松原南は身をよじって起き上がろうとした。

けれど全身がだるく、腕にはまるで力が入らない。

ようやく上体を少し起こしたところで、手首がふっと抜けた。次の瞬間、彼女はまた男の胸元へと転がり落ちてしまう。

「動くな」

藤原傑は眉をひそめ、暗闇の中でも迷いなく彼女の手首をつかんだ。ポケットから携帯を取り出し、ライトで足元だけを照らす。

「少し休め。体力を戻せ。余計なことを考えるな」

声音は冷たい。けれど、その腕の回し方はどこか庇うようで――。

厚い背中が、確かな安心感を連れてくる。松原南の胸にまとわりついていた恐怖が、少しずつ撫でられていく。

...

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