第1章
私と結婚して五年になる夫が、家の宴席で公然と一人の女と子供を連れて帰ってきた。
彼は私の目の前で、皆に向かって言った。「レンは俺の息子だ」
私は彼を見つめ、感情を抑えきれずに問い詰めた。「藤堂彰人、じゃあ私は何なの?」
私とよく似た目元を持つその女は、罪のない顔をしている。
「杏奈さん、安心して。あなたの家庭を壊すつもりはないの。レンが慣れたら、私は出ていくから」
私は怒りで全身が震え、背後の男を見つめた。その瞬間、目の前で何かが引き裂かれるのを感じた。「どうして、よりにもよって彼女なの?」
あなたが私と結婚したのは、彼女が海外へ行ったから。
彼女が帰ってくるなり、自分の子供を連れて身分を公にする。
私という正真正銘の妻は、完全に笑い者になった。
藤堂彰人は正面から答えず、振り返って執事に言った。「先に若奥様をお送りしろ」
お義母様は冷ややかな目を向けた。「彰くん、あなた何をしているの。今日はあなたのお爺様の誕生祝いなのよ。お爺様を怒り殺す気?」
藤堂彰人は一言も発さず、背後のアシスタントにファイルを一つ、お義母様に渡すよう合図した。
お義母様はそれを読み終えると、瞬時に顔色を変え、私を見る目にどこか含みを持たせた。
「杏奈、今日はお爺様の誕生祝いよ。最後にみんなが収拾つかなくなるような事態は避けなさい。あなたたち夫婦のことは家に帰ってから話しなさい。それに、彰人は会社の跡継ぎで、レンはあの子の息子。お爺様が知ったらお喜びになるわ。あんなにあなたのことを可愛がってくださるんだもの」
「それに、あなたたちもう結婚して五年も経つのに、あなたのお腹はいつまで経っても音沙汰なし。レンはこれからあなたの息子になるのよ。少しは物分かりが良くなりなさい」
「帰りなさい。みんなに恥をかかせないで」
藤堂彰人が終始私に見せたのは、ただ固く冷たい横顔だけだった。私は声もなく笑った。
五年だ。私もそろそろ目を覚まさなければ。
青葉台の邸宅へ向かう車に乗り込むと、涙が止まらなかった。
ドアを開けた瞬間、私はどこか見慣れない感覚に襲われた。
ここの全ては私が手ずから整えたものなのに、全て藤堂彰人の好みに合わせたものだった。だから、ぼんやりしてしまったのだろう。
その時、背後で物音が聞こえ、無意識に振り返った。
しかし、ドアの前に立っていたのは藤堂彰人の秘書だった。彼は私に一枚の小切手を渡した。
「若奥様、こちらは藤堂社長からの慰謝料でございます」
私はその二百万の小切手を見て、涙がこぼれるほど笑った。
これが私が長年愛してきた人。
けれど、受け取らないわけにはいかなかった。
なぜなら、これが私の母の今月の医療費なのだから。なんて皮肉だろう。
何も持たない今の私では、給料だけでは母の医療費を到底賄うことなどできない。
私にはこの小切手を破り捨てる気骨はなかった。
お金と意地を張る必要もない。
「わかったわ」
……
その日の夜、十二時近くになって、藤堂彰人が帰ってきた。
これは私たちが結婚して五年、彼が私に性的欲求をぶつけに来る時以外で、最も早い帰宅だった。
彼が私が待っていることに少しも驚いていない様子で、スーツのジャケットを無造作に放り投げ、口に煙草を一本咥えている。その姿は気ままで、それでいて高貴でセクシーだった。
「明日、レンがここに住むことになる」
男は高い地位にいることに慣れきっており、その口調には有無を言わせぬ響きがあった。
「嫌よ」
男は目を上げ、淡々と言った。「お前と相談しているわけじゃない」
「藤堂彰人、あの子の母親は私の家庭を壊して、私の母を五年も病床に伏せさせた張本人なのよ」
「浮気相手の娘、あなたの隠し子のために場所を空けろって言うの? 私を何だと思ってるの?」
私の胸は激しく上下し、もう感情を抑えきれなかった。
それを聞くと、藤堂彰人は煙草を揉み消し、リビングに立ち尽くした。その顔は極めて冷酷だった。
「橘杏奈、忘れるな。もし彼女が海外に行かなかったら、俺はお前に触れもしなかった」
「お前が偽装妊娠で街中を騒がせたから、俺たちは結婚したんだ。どうした、たった五年で忘れたのか?」
過去の出来事がこんなにもあっさりと暴かれ、私の尊厳は彼に踏みにじられたようだった。
私は彼を見上げ、心の中の全ての愛が、この瞬間、憎しみに変わった。
「藤堂彰人、あなたと離婚するわ」
藤堂彰人は鼻で笑った。
「橘杏奈、お前にそんなことができるのか?」
「あの頃、あれだけ画策して、長いこと計算し尽くしたのに。今の全てを捨てられるのか?」
「最後にはお前の身体にすら興味がなくなるような真似はよせ」
彼は傍らのジャケットを掴み取ると、数歩歩き、首を傾けた。「お前は金が大好きだろう。今の裕福な生活のためなら、俺の息子の面倒を見るのも喜んでやるはずだ」
私は傍らの枕を掴み、男の冷たい背中を見つめながら、涙が止まらなかった。
「藤堂彰人、人でなしっ、どうしてこんな風に私を辱めることができるの……」
私は震える手で携帯を取り、親友の結城柚希に電話をかけた。
「柚希、離婚したいの」
「弁護士を探してくれない?」
「杏奈ちゃん、どうしたの? また藤堂彰人にいじめられたんでしょ」
私はクリスタルのシャンデリアを見つめ、目には涙が滲んでいた。
「疲れたの。もう彼を愛していたくない。柚希、すごく痛い」私は自分の胸に手を当てた。「わかる? 彼女が帰ってきたの。藤堂彰人は私に彼女の息子を育てろって……」
「あいつ、人を馬鹿にするのも大概にしてほしいわ!」柚希は激昂して罵った。「あの頃、あの恥知らずな母娘が家に乗り込んできて、おば様の評判を貶めなければ、あなたたち母娘が家を追い出されて路頭に迷い、高額な借金を背負うことなんてなかったのに」
「杏奈ちゃん、すぐに弁護士の連絡先を送るわ。この結婚は絶対に終わらせなきゃ」
「うん」
電話を切り、涙を拭った。私はそのまま一晩中座っていた。過去の出来事が次々と思い出される。
藤堂彰人に出会った時、私はまだ橘家のご令嬢で、母は大きなショックで病に倒れる前で、彼もただの普通の社員だった。
バーで彼に一目惚れし、随分と追いかけた。
再会した時、私は橘家を追い出され、バーでやけ酒をあおっていた。
彼が一人でむっつりと飲んでいて、私は自分から彼の隣に座った。
「一緒にどう?」
彼は私を見ると、突然キスをしてきた。
男と女が二人きりで、しかも相手は私が愛してやまない男。彼にキスをされ、私はすぐに自分を抑えきれなくなった。
情愛は幻覚剤だ。全てを忘れさせ、冷酷無情な父や追ってくる借金から目を背けさせてくれる。
しかし一ヶ月後、私は自分が妊娠していることに気づいた。
その時になって初めて、藤堂彰人が藤堂家唯一の跡継ぎであることを知った。
彼は私を見て言った。「結婚しよう」
結婚後、私たちも他の新婚夫婦のようにハネムーンを過ごした。その時期の甘い時間は、私たちができちゃった結婚ではないと錯覚させるほどだった。
しかし、その美しい夢は一ヶ月後に砕け散った。ハネムーンから帰ってきた日、藤堂彰人は私の健康診断書を受け取った。私は妊娠していなかった。
彼は私を壁際に追い詰め、「なぜ嘘をついた?」と問い詰めた。その日、私がバーで撮られた裸の写真も流出し、私は偽装妊娠で成り上がった腹黒い女、名ばかりの藤堂家の奥様となった。
私がいくら説明しても、彼は信じなかった。
それから、私たちは奇妙な暗黙の了解を形成した。彼は私を抱き、私は金を受け取る。しかし、彼の子を産むことは許されない。
あの頃の私は、彼を愛しているのだから、いつかこれらの問題を解決できる、一生分の時間があると思っていた。
今、その夢はついに終わりを迎えた。
藤堂彰人の高嶺の花が帰ってきたのだ。私という蚊の血は、そろそろ退場すべき時が来た。
ドアをノックする音がした。一晩中眠らず、私はふらふらしていた。
ドアを開けた瞬間、私はすぐに意識がはっきりした。
「杏奈さん、久しぶりね。彰人さんにレンを連れてくるように言われたんだけど、彼はいないのかしら?」
