第2章

「彼が家にいるかどうか、知らないわけ?」

「杏奈ちゃん、長年経ってもまだ私のことを責めているの? 本当に、あなたの家庭を壊しに来たわけじゃないのよ」

「相沢怜、そんなこと言って良心が痛まないの? 昔、あなたの母親が私の家庭を壊して、私の母に濡れ衣を着せた。そして今度はあなたが藤堂彰人を奪いに来た」

私は冷たく笑った。

「あなたの息子を連れて帰りなさい。ここは私の家よ」

相沢怜は無垢な顔で私を見つめる。

「レンは彰人さんの子供なのよ。杏奈ちゃん、それくらいの雅量もないなんて……」

パシン……。

彼女に最後まで言わせる隙も与えず、私は平手打ちを食らわした。

「橘杏奈、あなた!」

「私が何?」私は何でもないというように自分の手を軽く叩いた。「昨日からあなたみたいな白々しい女、殴ってやりたかったのよ」

私はフンと鼻を鳴らした。

「帰るの、帰らないの? 帰らないなら警備員を呼ぶわよ」

彼女の隣に立っていた小さな男の子が、すぐに泣き出した。

「ママ……」

その子が藤堂彰人とどこか似ている目元をしているのを見て、かつてあの二人がどんな風に睦み合っていたのかを想像してしまい、苦い思いが胸に広がり、私は顔をそむけた。

「杏奈ちゃん、私はもう養育権なんていらないの。ただ、レンを私と一緒に……」

私は力任せにドアを閉め、相沢怜の声を遮断した。

過去の出来事が、ありありと目に浮かぶ。

私の母はまだ病床で生死の境をさまよっているというのに、どうして彼女たちだけが既得権益者となり、私の過去と現在の家庭まで奪おうとするのか。納得できない。

家政婦から相沢怜が帰ったと報告を受けたとき、私は「ええ」とだけ応え、運転手に病院へ送るよう頼んだ。

病床で、母は横たわっていた。かろうじて続く呼吸だけが、彼女がまだ生きていることの証だった。

私は彼女のベッドの傍らにうつ伏せになり、まるで彼女が植物状態になどなっていないかのように話しかけた。

「お母さん、私、藤堂彰人を諦めることにしたの」

「相沢怜が帰ってきた。何年も経ったのに、私はやっぱり彼女に勝てなかった。私って、本当に情けないよね。昔、私たちの頭を押さえつけていたあの母娘を、今になっても引きずり下ろす力がないなんて」

「お母さん、会いたいよ」

藤堂彰人との様々なことを思い出し、私は堪えきれずに泣き出してしまった。

結城柚希はすぐに病院で私を見つけ出した。彼女は私の赤く腫れた目元を見て、思わず「情けない」と罵った。

「この世に男なんて藤堂彰人一人じゃないんだから。三本足の蛙は見つけにくいけど、二本足の男なんて掃いて捨てるほどいるじゃない」

「私の考えだとね、藤堂彰人は金持ちなんでしょ? だったら慰謝料をたんまり貰えばいいのよ。金さえあれば、男なんてどうでもよくなるって!」

「昔のことも杏奈ちゃんは被害者なのに、彼は信じてくれた? あんな自信過剰な男、もう捨てちゃいなさいよ」

私は胸の内の苦さを飲み込み、首を横に振った。

「あなたの言う通りね。イケメンはたくさんいる。彼の金で男を囲ってやるわ」

「行こっ、バーでイケメン探しよ」

結城柚希は笑って私の腕を組んだ。

「そうこなくっちゃ。それでこそ私たちの杏奈ちゃんだよ」

深夜のバーは熱気に満ち、人を酔わせる。

普段は藤堂家の一族のご機嫌を取るため、めったにこういう場所には来なかった。

あの事件の後、私は意図的に自分の存在感を消していた。誰かに昔の話を蒸し返されないように。

でも今は……。

もう離婚するんだもの、誰が気にするっていうの?

いっそ藤堂彰人をうんざりさせてやればいい。

ふらふらになるまで飲んでいると、結城柚希が私をダンスに誘った。

ダンスフロアで、誰かが顔を赤らめながら私を見ている。

「お姉さん、すごく綺麗ですね。一緒に踊ってもらえませんか?」

そのぎこちない様子がなんだか面白くて、私は思わずぷっと吹き出してしまった。

「いいわよ」

飲み過ぎたせいか、私は着ていたシャツを腰で蝶結びにし、細い腰をのぞかせ、ダンスフロアで抑圧された感情を思う存分解き放っていた。

「ほら、続けて」

そのイケメンが動きを止めたのを見て、私は少し不満げに手を伸ばした。彼に触れようとしたその瞬間、手首を誰かに掴まれた。

「橘杏奈、酔っているのか?」

気のせいだろうか。

どうして藤堂彰人の声が聞こえるの。

私は不満げに振り返ると、案の定、冷気をまとった男が立っていた。

「何よ?」

私は力いっぱい手首を振りほどいた。

藤堂彰人は奥歯をギリッと噛みしめた。

男の瞳に怒りが満ちる。

「何をしたいのかと聞いているのは俺の方だ。なぜレンを家に入れなかった?」

五年も経つのに、彼はまだそんなに相沢怜を愛しているの?

わざわざバーまで私を探し出して問いただすほどに。

私の気性にも火がつき、負けじと彼を見つめ返した。

「私がやったのよ。それが何? そんなにその隠し子と相沢怜が大事なら、直接彼女と結婚すればいいじゃない。私に継母になれですって? 夢でも見てなさい!」

男が不快感を露わにしたのがはっきりと分かった。

彼は高級なオーダーメイドのスーツに身を包み、その卓越した雰囲気はこの場所とはまるで不釣り合いだ。

衆生を惑わすほどのその顔立ちは、怒っていてもその美しさを少しも損なわない。

男は怒りを抑え、眉間にしわを寄せた。「お前は酔っている。今はこれ以上追及しない。俺と帰るぞ」

「絶対に嫌!」

本当に酔っていたからか、それともこの五年の結婚生活が私の全ての負の感情を抑圧していたからか。

私はフンと笑い、彼の胸を指さして、一言一言区切るように言った。「藤堂さん、あなたと離婚します。冗談じゃありません」

「それから、私の第二の春の邪魔をしないで」

そう言って私が背を向けようとすると、男の瞳は氷水に浸したように冷たくなり、有無を言わさず私をひょいと担ぎ上げた。

「もう一度言ってみろ」

アルコールというものは、簡単に頭に血を上らせる。

私の涙は完全に制御を失い、悔し涙にくれて訴えた。

「一万回だって言ってやるわ、離婚してやる! 藤堂彰人、このクソ野郎! 年増のくせに、短小でヘタクソなんだから! あんたなんかに未練があると思ってんの!」

「降ろしなさいよ! 自分が皇帝だとでも思ってるの? あんたの言うことが全部正しいわけ!?」

「なんで私があなたの言うことを聞かなきゃいけないの! なんであなたの隠し子を育てなきゃいけないのよ!」

道中ずっと罵詈雑言を浴びせ続けたが、藤堂彰人は聞く耳を持たず、とうとう車のドアを開けると、私を放り込んだ。

後部座席に転がり込み、ひどい目眩がして、しばらくしてようやく落ち着いた。

藤堂彰人は片手でネクタイを緩め、私を見下ろした。

「橘杏奈、お前に俺と離婚を切り出す資格があるとでも?」

その言葉は刃物のように、私を血まみれになるまで突き刺した。

私は低く笑った。

「あなたの高嶺の花のために、席を譲って差し上げるのに、まだ不満ですか?」

「この結婚をいつ終わらせるか、それはお前が決めることじゃない。橘杏奈、お前に俺と条件交渉する資格はない」

男はそう言うと、車のドアを閉め、片膝を後部座席に乗せて私に覆いかぶさってきた。シャツのボタンはいつの間にか外れている。

「それと、俺が短小でヘタクソ、だと?」

雰囲気が艶めかしくなる。男の修長の指が私の顎を持ち上げ、不意に笑った。

「どうやら藤堂家の奥様は、本当にお寂しかったようだな」

私は危険な気配を察知し、完全に酔いが覚めた。

藤堂彰人の性欲は強い。私たちは仮面夫婦だったが、夫婦生活は頻繁だった。

いつも私は彼にへとへとになるまで求められる。

私、さっきはどうかしてたの? あんなことを言うなんて。

終わった!

考える間もなく車を降りようとすると、藤堂彰人は片手で私の腰を掴んで引き戻した。

「橘杏奈、お前は随分と口が達者じゃなかったか? 続けろ」

男の厚い掌が私の腰に置かれ、私の露出した細い腰を見るなり、その瞳には明らかに不快感が宿った。

彼は鬱憤を晴らすかのように、私の首筋に強く噛みついた。

この瞬間、私は虎の口に放り込まれた子羊のようだった。

男の手が、私の最も敏感な場所に触れる。

「話せよ。どうした、黙りか? ん?」

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