第8章

初音は眉を吊り上げ、言い返そうとした。だがその時、雪菜が前に出た。

「まあまあ、二人ともその辺にして」

雪菜は顔に温和で上品な笑みを浮かべたまま、和也の袖を軽く引いた。

「和也、みんな見てるよ。笑われちゃうから」

その声は柔らかく、続いて視線を初音へ向ける。

「初音も怒らないで。せっかく会ったんだし、一緒に座ろう? 何かあるなら、家族なんだから座ってゆっくり話したほうがいいよ。ここで喧嘩するよりずっといいでしょう?」

そう言いながら腰を屈め、寧々の頭を撫でようと手を伸ばす。その口調は滴るほど甘く優しい。

「寧々もママに会いたかったよね? ママと一緒にご飯食べよう、ね?」

だが寧々は和也の背中へ縮こまり、唇をツンと尖らせた。初音を見ようともせず、雪菜にだけ手を伸ばす。

「やだ。昨日の夜、帰ってきてって言ったのに無視したじゃん。じゃあ、わたしも要らない。雪菜がいい」

そう言って、雪菜の胸へ飛び込み、親しげに顔を擦り寄せる。

その言葉は間違いなく、初音の心にナイフを突き立てた。

娘が名残惜しそうに雪菜の腕へ収まるのを見つめる。雪菜は愛おしそうに寧々の髪を揉み、その視線が偶然初音を掠めた時、一瞬だけ勝ち誇った光が走った。

「寧々、いい子ね」

雪菜は寧々を抱き上げ、にっこりと笑う。

「ねえ初音、子どももこう言ってるんだから一緒にどう? 私も、初音に寧々のお世話の仕方、教えてもらいたいし」

寧々の世話の仕方を教えてもらいたい?

初音は心の底で冷笑した。

もちろん、初音は寧々を愛している。どうあろうと、自分の娘なのだ。寧々を愛してくれる人が増えること自体は構わない。だが、寧々を道具にして自分の目的を果たそうとする人間だけは、絶対に許せなかった。

初音はきっぱりと断る。

「悪いけど、私は西園寺さんと話があるの。保母さんみたいに給仕して食事の世話をする時間はないわ。小川さんが代わってくれるなら、ありがたいけど」

悟も軽く頷いた。

「失礼します」

だが折悪しく、悟のポケットでスマホが鳴った。画面を見て眉をひそめ、初音に声を落とす。

「悪い、会社で急用だ。今すぐ戻って処理しないといけない」

少し間を置き、尋ねた。

「一人で……大丈夫か?」

彼が自分のことを心配してくれているのが分かり、初音は心が少し温かくなって微笑んだ。

「平気よ。仕事に行って。また改めて連絡するわ」

悟は頷き、去り際に和也を一瞥してから、足早に立ち去った。

悟がいなくなると、雪菜は寧々の耳元で何か囁いた。寧々は不満げに口を尖らせるが、雪菜がその頭を撫でると、大人ぶってため息をつき、渋々といった様子で雪菜の腕から抜け出し、初音の前へ歩み寄った。

そのやり取りは、すべて初音の目に入っていた。

すべてを捧げてきたはずの娘が、まるで施しでも与えるような口調で、自分の服の裾を引くのを聞く。

「もう、ママも一緒に食べよ。わたし、ママの隣に座ってあげるから。パパ怒らせないで、ね?」

その言葉が出た途端、晴美は鼻で笑い、斜めから初音を見た。

雪菜はといえば、『ほら、子どもはあなたを必要としてる』とでも言いたげな寛容な表情を作っている。

初音は、胸の奥に冷気が層になって積み重なっていくのを感じた。

このまま背を向けて立ち去りたかった。だが、娘の小さな顔が目に入る――結局のところ、寧々は自分の娘だ。どうあっても、自分は彼女の母親であり、それは決して断ち切ることも引き裂くこともできない絆なのだ。

彼女は折れた。乾いた声で絞り出す。

「……分かった」

和也の目にはその逡巡が映っており、初音に対する不満がさらに一層深まった。だが、彼女の物分かりの悪さを大目に見るかのように、それ以上は責め立てず、冷たい顔のまま個室へ向かって歩き出し、一言だけ投げ捨てた。

「入れ」

初音は深く息を吸い込み、後に続いた。

和也が予約した個室は広く、内装も豪華だった。

彼は当然のように上座へ座り、雪菜はごく自然に和也の左側へ、寧々は右側へ座った。初音は寧々の隣だ。

寧々は頬を膨らませて雪菜を見やり、まるで自分がとてつもない被害者であるかのような顔をしている。

晴美はといえば、息子を連れて初音の隣に陣取った。

座るやいなや、晴美はいつもの癖で、目の前の湯呑みを初音のほうへ押しやった。――注げ、という合図だ。

過去六年間、家族の食事の席では、お茶を注ぐのも、料理を取り分けるのも、スープをよそうのも、すべて初音の役目だった。

藤原家の人間は、彼女を高級な使用人として扱うことにとうの昔に慣れきっているのだ。

初音はそれを見ても微動だにせず、ただ寧々のためにココナッツジュースを注ぎ、蒸しシャコを二つ取り、慎重に殻を剥き始めた。

このシャコは全身棘だらけで、肉も少なく剥きにくい。だが、寧々が唯一アレルギーを起こさずに食べられる海老だった。

運ばれてきたばかりで熱い。初音はふうふうと軽く息を吹きかけながら、少しずつ硬い殻をこじ開けていく。指先が熱で赤く染まる。

寧々はそれを見て眉をひそめ、ぼそりと文句を言った。

「爪使わないで。吹かないで。汚い。雪菜のやり方見てよ」

向こうでは雪菜が笑いながら、箸でシャコを挟んでひょいと持ち上げ、あっという間に綺麗なまま殻を外してしまった。にこにこと小皿に盛り、寧々へ渡す。

寧々は甘い笑顔を浮かべた。

「ありがとう、雪菜! やっぱり雪菜すごい。ママってほんとバカ!」

初音は居たたまれなくなり、指先をぎゅっと握り込んだ。

一方、晴美はずっと放置されたままで、初音に見向きもされないことに腹を立て、急須をドンと机に叩きつけて皮肉った。

「それっぽっちのこともできないなんて。和也があんたを娶った意味、あるの?」

「そんな言い方やめて」

雪菜は優しげな顔でもう一つの急須を手に取り、立ち上がって皆の湯呑みに注ぎ始めた。

「和也、このお店の麦冬茶、美味しいよ。飲んでみて」

彼女は優雅な動作で和也の湯呑みを満たし、今度は晴美と蓮へ向き直る。

「晴美、蓮。はい、このスープもよそってあげるね」

彼女はテーブルの全員に周到な気配りを見せたが、ただ一人、初音だけは除外されていた。それでいて態度は低く、口調は従順そのものだ。

晴美は満足げに笑い、初音を横目で睨みつける。

「ほら見なさい、これが“わきまえ”よ! 何年か藤原の奥様やったくらいで、自分が偉くなったと勘違いしてる人もいるけど。一番基本的な礼儀すら忘れてるのよねぇ!」

和也は雪菜から渡された茶を受け取り、一口飲んだが、何も言わなかった。

初音が思わず彼へ視線を向けても、彼は無関心なままだ。まるで叱責されているのが見知らぬ他人であるかのように。

初音は目を閉じ、心の内で自分を嘲笑った。まだ彼に何かを期待していたなんて。

晴美はさらに続ける。

「あんたのその研究室だの投資だの、どれだけ上手くやったっていくら稼げるのよ? 藤原家がそんな端金に困ってるとでも? 家をしっかり守るのがあんたの本分でしょ!」

初音は顔を上げ、冷え切った声で突き返した。

「悪いけど、その本分、私にはもう無理。そんなに本分を尽くすのが好きなら、なんであなたがやらないの?」

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