第2章

茉奈視点

ドアベルが鳴る。鋭く、執拗に、何度も何度も。

手にしたスマホを握りしめたまま、私はドアを睨みつけた。誰なのかは、分かりきっている。

深呼吸を一つ。部屋を横切り、ドアハンドルに指を絡める。一瞬ためらい、そして、ドアを引いて開けた。

彼はそこに立っていた。夕日を背にして。スーツのジャケットは開けっ放しで、シャツの襟元のボタンが外されている。三ヶ月前とは違って見える。疲れている。目の下には消えない隈が刻まれ、顎には緊張が走っている。けれど、あの昏い瞳の鋭さだけは変わらない。私を射抜くように。

相変わらず、むかつくほどカッコイイだ。

黒川和人。羽原直樹の商売敵。そして、あの夜の男。

「電話に出ないから、来てやった」彼の声は低く、どこかささくれていた。

「どうしてここが……?」

彼の口の端がぴくりと動く。笑みとは言えない。「俺の力を過小評価してる。それに、君をどれだけ必死に探したかもな」

彼の視線が私の上を滑り、私のお腹の上で止まる。まだ平らな、すべてを隠したままの場所に。

ドアを閉めようとする。彼の腕が伸びてきて、木の扉を押しとどめた。温かい手のひら。力的ではなく、ただ、断固として。

「十分だけ。それでも出ていけと言うなら、帰る」

私はためらった。「五分」

彼の瞳に何かが揺らめいた。「決まりだ」

私は脇に身を引いた。彼は私を通り過ぎてリビングに入り、その目で部屋全体を見渡してから、再び私に視線を戻した。正確には、私のお腹に。

私たちは向き合った。彼は立ったまま。私はソファに身を沈め、内心の動揺を隠して平静を装う。外では波が打ち寄せる音が、沈黙を埋めていた。

「妊娠しているな」

疑問形ではなかった。

私は勢いよく顔を上げた。「何だって?」

「嘘はつくな。君が無事か確かめるために人を雇った。そいつが確認した」

胸に熱いものがこみ上げてくる。「私を尾行させてたの? 監視してたってこと!?」

「守っていたんだ」彼は一歩近づく。「あの夜のことを話す必要がある」

私は素早く立ち上がった。「話すことなんてないわ。あれは間違いだったの」

「君のその腹の中で育っている間違い、か」

私は笑った。自分の耳にも冷たく響く笑い声だった。「だから何? 酔った勢いの一夜があったからって、私を追い詰める権利があるとでも? 私のプライバシーを踏みにじる権利があるとでも?」

彼の声が低くなる。「俺の子だ」

「私の体よ。私の選択。そして私は、ここを去ることを選んだの」

「行くなとは言っていない」彼の顎が引き締まる。「だが、君は俺にチャンスさえ与えなかった――」

「何のチャンス? ヒーローごっこでもするつもり? 助けなんていらないわ、黒川さん」

沈黙が伸びる。岸に打ち付ける波の音が、ありえないほど大きく聞こえた。

彼はため息をつき、窓の方へ向き直った。「分かってる。そういう意味じゃない」背中を向けたまま、彼は言った。「せめて、何があったのか話せないか? あの夜のことについて」

彼の人影を見つめる。彼は疲れ果てて見えた。孤独でさえあるように。

私は再びソファに腰を下ろした。「いいわ。話して」

彼が振り返る。「どうやって始まったか、覚えてるか?」

覚えているに決まっている。何もかも、嫌になるくらい鮮明に。

三ヶ月前。あのジャズバーは影と薄暗い照明に満ちていて、サックスの音色が空気に滲むように流れていた。私はカウンターにいて、目の前には衛兵のように無言で立ち並ぶ三つの空のグラス。

目は赤く腫れ、化粧は崩れていた。スマホの画面には、まだ羽原直樹からのメッセージが表示されている。ウイスキーが喉を焼く。どうでもよかった。ただ、何も感じたくなかった。

誰かが隣に座った。

「これはこれは。羽原夫人がお一人で? 旦那様はどちらに? 秘書とお楽しみ中かな?」

顔を向けた。黒川和人。羽原直樹の敵。今、一番会いたくない人物だった。

「私が壊れるのを見に来たのかしら、黒川さん?」

彼はバーカウンターに寄りかかり、気取った傲慢さを全身にまとっていた。「そうかもな。何しろ、あの偉大な羽原夫人がこんな姿でいるところを見られるなんて……大した見ものだ」

言葉の端々から嘲りが滴り落ちていた。けれど、涙で汚れた私の顔に彼の目が留まった時、何かが変わった。

「あなたこそ。ライバルの妻をストーキングする時間があるなんて、よほどご成功なさっているのね? それとも、人が落ち込んでいるのを見て楽しむのが趣味なのかしら?」

「蹴落とすだって? 事実を述べているだけだ。君の亭主は今夜、ドローンを使って別の女に告白した。なのに君はここで、ウイスキーに溺れている。これを惨めと言わずして何と言う」

その言葉。惨め――。それが、私に残っていた最後の防御を突き破った。

勢いよく立ち上がって、よろめく。倒れる前に、彼の手が私を捕らえた。温かくて、力強い。

「ええ、そうよ。私は惨めよ」涙が溢れ出た。「七年間よ。彼にすべてを捧げた。何もないところからトップになるまで。自分の夢を諦めて、彼の事業を築くのを手伝って、彼と一緒に徹夜もした。それで、私が何を得たっていうの?」

途切れ途切れの笑いが漏れた。「彼は乗り換えたの。何度も、何度も。まるで私が時代遅れのスマホか何かみたいに。何が一番どうかしてると思う? 今日、私の誕生日なのよ。一緒に画廊へ行くと約束してたのに。代わりに、彼は小林恵麻のために私をすっぽかした。それから、あのクソみたいなドローン。『恵麻、愛してる』なんて。関係者全員の前で」

和人の表情が変わった。彼は彼女を嘲笑いに来たのだ。今夜、羽原直樹が妻を置き去りにすると聞いて、わざわざここへ来た。常に冷静沈着な羽原夫人が粉々になる様を見たかった。それをどうにかしてライバルへの攻撃材料にしようと企んでいた。

だが、目の前で崩れ落ちる彼女を見て、彼はそれ以上残酷な言葉を吐けなかった。

実際、彼は何かを感じていた。同情、だったのかもしれない。

私はもう一杯グラスに手を伸ばした。そしてまた、倒れそうになる。彼は再び私を掴まなければならなかった。

「こんな状態で帰れるわけがないだろう。部屋を取ってやる」

私は酩酊の靄の中から彼を見上げた。「どうして? どうして助けてくれるの? 私が苦しむのを見に来たんじゃないの?」

彼は一瞬黙った。「良心が咎めた、とでも言っておこうか」

彼は私を支えてバーを出た。私は骨抜きにされたみたいに彼にもたれかかる。アルコールと香水の匂いが混じり合った。彼の心臓が、許可なく鼓動を速めた。

車。ホテル。エレベーター。その間ずっと、私は彼の腕の中で半ば意識を失っていた。

彼は私をベッドに横たえ、彼のジャケットについた私の涙の染みをティッシュで拭き取ろうとした。その時、私の手が伸びて、彼の手首を掴んだ。

「男って、みんな同じなの? 欲しいものを手に入れたら、それで次へ行っちゃうの?」

彼は私を見た。「全員がそうじゃない」

私は身体を起こし、ふらついた。そして突然笑った。自暴自棄と自嘲が一度に押し寄せてくるようだった。

「もう何もかも失ったわ。尊厳も、愛も。……もう、どうでもいい」

私は身を乗り出し、彼にキスをした。

彼は凍りついた。全身の筋肉が硬直する。

突き放すべきだった。理性的な人間なら、その場を去るべきだった。

だが、彼はできなかった。

私の脆さが彼に届いてしまったのかもしれない。私の大胆さが彼の壁を突き崩したのかもしれない。あるいは、まったく別の何かだったのか。

彼は、キスを返してきた。

あの夜は、縺れたシーツと、ためらいがちな触れ合いの中で過ぎていった。二人はあらゆる一線を越えた。

アルコール。自暴自棄。復讐心。そして、どちらにも名付けることのできない、何か。

断片的にしか覚えていない。彼の呼吸。彼の体温。暗闇で響く彼の低い声。そして翌朝、ナイトスタンドの上のメモで目が覚めたこと。

『緊急の会議だ。またな。黒川』

はっと目を開ける。私は現在に戻っていた。和人はまだ窓辺にいて、私を見ている。

「それで、あのメモを残して消えたのね」

「見捨てたんじゃない。緊急の商談があって――」

「説明なんていらないわ。一夜限りの関係だったんでしょ。わかってる」

彼は鋭く振り返り、三歩で部屋を横切って私を見下ろした。「一夜限りの関係だって? もしそれだけなら、三ヶ月も必死で君を探し回ったりしない」

「でも、あなたは去った」

「考える必要があったからだ」彼の声は一度高ぶり、そしてまた低くなった。「自分が何を感じているのか、整理する必要があった。赤井茉奈、正直に言う。あの夜、俺は君を嘲笑うためにあのバーへ行った。君が壊れるのを見て、その苦しみを羽原直樹に突きつけるために」

私は顔を上げる。私の瞳は氷のようだった。「知ってたわ」

彼は屈み込み、私と視線の高さを合わせる。今まで見たことがないほど真剣な顔で。「だが、実際に君の姿を見たら……」

彼は言葉を切った。その声は静かで、真実味を帯びていた。

「できなかったんだ」

沈黙。波の音と、私たちの呼吸音だけが響いていた。

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