第1章
意識がゆっくりと暗闇から浮上していく。まるで、海の底から水面を目指して泳ぎ上がるように。
ずっしりと重い瞼。鼻腔を突き刺す、鋭い消毒液の匂い。
頭が割れるように痛かった。
なんとか目を開けようとすると、強烈な光が目に飛び込んできて、慣れるまで目を細めなければならなかった。天井の蛍光灯が単調な音を立て、傍らの心電図モニターが規則的なビープ音を刻んでいる。
私は、病院にいた。
「目を覚ましたわ! この子、目を覚ました!」
すぐそばで、聞き慣れない女性の声が興奮気味に響いた。
顔を向けると、ピンクのスクラブを着た中年の女性が、興奮した様子でナースコールを押しているところだった。私の覚醒がまるで奇跡であるかのように、その顔は驚きで輝いていた。
「早く、田中先生を呼んできて!」彼女は出入口に向かって叫ぶと、私に向き直って、にこやかに微笑んだ。「気分はどう?」
声を出そうとしたが、喉が紙やすりのように乾ききっていた。看護師はすぐに水の入ったコップを差し出してくれ、私はそれを慎重に数口飲んで、ひび割れた唇を潤した。
「ここ……どこですか……?」自分の声とは思えないほど、ひどくかすれていた。
「L市総合病院ですよ。あなたは交通事故に遭って、三年間も意識がなかったの」看護師はそう言いながら、様々なモニターをチェックしている。「ようやく目が覚めて、本当によかったわ」
交通事故。記憶が津波のように押し寄せてきた――眩いヘッドライト、ブレーキの軋む音、そして暗闇。恐怖に満ちたあの瞬間を、意識を失う直前に最後に想った人のことを……山本龍也、私のお兄ちゃんを、思い出した。
ちょうどその時、白衣を着た中年の男性が入ってきた。金縁の眼鏡をかけ、優しそうな顔立ちをしている。
「私が田中です」彼は小さなペンライトを取り出し、私の瞳孔の反応を確かめた。「お名前を教えてもらえますか?」
「真由美……山本真由美です」私は正直に答えた。
医者は頷き、カルテに何かを書き込んでいる。「結構。今日の日付や、住んでいる場所は分かりますか?」
少し考えてから、私は正確な日付と住所を口にした。医者の顔に満足そうな色が浮かんだ。
「記憶はほとんど問題ないようですね。ただ、軽い記憶喪失が見られるかもしれませんが」彼はペンを置き、落ち着いた口調で言った。「頭部の外傷を負った患者さんにはよくあることで、たいていは自然に治ります。ただ、ご家族の方にいくつか確認していただく必要はありますね」
家族。その言葉に、心臓が跳ね上がった。
「連絡はしてありますから、もうすぐいらっしゃるはずですよ」と看護師が付け加えた。
記憶喪失。その言葉が、頭の中でこだました。奇妙なことに、私の記憶は細部に至るまで鮮明だった。それこそ、忘れてしまいたいことまで、何もかも。
けれど、医者の言葉が私にある考えを授けてくれた。すべてを変えてしまうかもしれない、一つの考えを。
私は俯き、記憶を辿るのに苦労しているふりをしながら、もうすぐここへやってくるはずの人物に想いを巡らせた。
廊下に足音が響き、だんだんと近づいてくる。心臓の鼓動が速まり、掌に汗が滲んだ。閉ざされたドアの向こうからでも、あの慣れ親しんだ気配が迫ってくるのが分かった。
ドアが開いた。
逆光の中に立つそのシルエットに、息が止まりそうになった。表情ははっきりと見えなくても、その輪郭はすぐに分かった。二十年間、ずっと私の心の中に居座り続けてきた、その人の姿を。
「お兄……ちゃん?」
羽のように軽い声だったけれど、静かな病室には、クリスタルのように澄んで響いた。
彼の体が目に見えてこわばった。彼が病室に入り、光がその顔を照らした瞬間、かつては凪いだ水面のように穏やかだったその瞳に、苦痛と……そして怒りのようなものがよぎるのが見えた。
「俺は、おまえのお兄ちゃんじゃない」
その声は冬の刃のように冷たく、一言一言が的確に私の心を突き刺した。「その呼び方はやめろ」
室内の空気が一瞬で凍りついた。看護師と医者は、こんな展開を予想していなかったのだろう、呆然と立ち尽くしている。顔から血の気が引いていくのを感じ、指先が震え始めた。
「でも……でも、私、覚えてる……」
心の中では血を流しながらも、私は意図的に声を混乱させ、か弱く響かせた。
「何を覚えてるって?」龍也の声はさらに冷たさを増した。彼は一歩も前に進まず、まるで私が危険なウイルスでもあるかのように、ドアのそばに立ったままだ。「おまえの勘違いだ」
その時、廊下からまた別の足音が聞こえてきた。龍也は突然ドアの方を指差し、残酷な確信を込めた声で言った。「あれが、おまえのお兄ちゃんだ」
彼が指差す方を見ると、点滴スタンドを押しながら、一人の青年がゆっくりと通り過ぎていくところだった。彼は繊細な顔立ちで、龍也よりいくらか若く見える。今、戸惑ったようにこちらに視線を向けていた。
私はあまりの衝撃に言葉を失った。龍也の指し示した人物が馬鹿げているからではない。彼が、こんな嘘をつけるほど冷酷になれるという事実に、だった。
彼は真実を完璧に知っている。私たちの関係も知っている。それなのに、こんなにも無慈悲なやり方で、私たちの繋がりを断ち切ろうとしている。
「よく覚えとけ」龍也の声が、冷たく感情のない響きで沈黙を破った。「二度と俺に付きまとうな」
彼は未練のかけらも見せず、私を振り返りもせずに背を向けた。
「待って……」呼び止めようとしたが、言葉が喉に詰まった。
龍也は戸口で一瞬足を止めたが、結局そのまま歩き去っていった。ただ、それだけ。説明も、慰めも、何もない。彼は完全な他人であるかのように、廊下の向こうへ消えていった。
青年は戸惑いに満ちた顔で戸口に立ち尽くしていた。彼は去っていく龍也の後ろ姿と、病院のベッドにいる私を交互に見て、何が起きているのか全く理解できない様子だった。
看護師と医者は気まずそうに顔を見合わせた。医者が咳払いをする。「おそらく……記憶喪失の症状でしょう、記憶の混濁が……」
「そうですね」私は不意に口を開いた。声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。「今、思い出しました。こちらこそ、私のお兄ちゃんです」
私は、この馬鹿げた芝居に意図せず巻き込まれてしまった罪のない男性を見つめた。彼の瞳には、龍也には決してなかった優しさが宿っていた。もしかしたら、これが運命の采配なのかもしれない。
男性はためらった後、ゆっくりとベッドに近づいてきた。私の目に涙が浮かんでいるのを見ると、彼本来の優しさがそうさせたのだろう、彼はそっと言った。「さあ、妹。家に帰ろう」
妹。他人である彼の口から発せられたその優しい響きは、龍也から受けた冷たさよりも温かく感じられた。
私はもう一度、今は誰もいない戸口に目をやった。龍也は本当にいなくなってしまった。彼が言った通り、私の人生から完全に姿を消したのだ。
「うん」私は頷き、声を震わせないように努めた。「家に帰ろう」
彼は優しく私を支え起こしてくれた。その動きは慎重で、私を傷つけまいと気遣ってくれているのが分かる。この見知らぬ優しさが、私を感謝させると同時に、胸を張り裂けさせもした。
病室を出る時、私は振り返らなかった。
――一度歩き始めたら、もう引き返せない道がある。そして、一度失ってしまったら、二度と戻らない人がいる。
この日から、私の世界は根本的に変わってしまったのだと悟った。
龍也は、考えうる限り最も残酷な方法で、私たちの一切の繋がりを断ち切った。そして私はこれから、この強いられた嘘の中で、新しい人生を始めるのだ。
