第2章
車がL市の通りをゆっくりと進む中、私は助手席に座り、窓の外に広がる見慣れない街並みを眺めていた。
親切なこの男性は、穏やかな運転を続けていた。私が不意に気を失うのではないかと心配しているのか、時折、気遣わしげな視線をこちらに向ける。
「大丈夫ですか?気分が悪かったら、遠慮なく言ってくださいね」彼の声には、気遣うような優しさが自然と籠っていた。
私は頷いたが、心の中はかき乱されていた。龍也の冷たさがまだ胸に突き刺さっている一方で、この見知らぬ他人の優しさは、私を慰めると同時に罪悪感を覚えさせた。
『彼の親切心につけ込んでいる。そんな自分が、卑劣な詐欺師のように思えてならなかった』
しかし、もう後戻りはできなかった。
車が銀の湖地区に入ると、周囲の景色は目に見えて洗練されていった。彼がモダンな高級住宅の前に車を停めたとき、私の心臓は高鳴った。想像していたよりもずっと大きな家だった。
「着きましたよ」彼は優しくそう言うと、すぐに回り込んで私のためのドアを開けてくれた。
私はわざと動きを緩慢にし、弱っているように見せかけた。彼に支えられて玄関へ向かいながら、おそるおそる尋ねる。「私……鍵は、持っているんでしょうか?」
彼は一瞬動きを止め、ポケットから鍵を取り出した。「覚えていないんですか?兄さんが預かっていましたよ」
ドアが開いた瞬間、私は息を呑んだ。そこは温かみのある家などではなく、まるで美術館のように、細部まで計算され尽くした空間だった。
慣れ親しんだ場所に戻ってきたかのように、振る舞わなければならなかった。
「懐かしいですね」全く見覚えのない環境を見渡しながら、私は静かに呟いた。リビングにはオフホワイトのソファ、コーヒーテーブルには建築雑誌、そして壁には抽象画が飾られていた。
背後から彼が私の反応を注意深く探っているのを、視線で感じた。私は部屋に視線をさまよわせ、記憶の中の細部と現実が食い違っているかのように、意図して表情にわずかな戸惑いを浮かべた。
「あなたの部屋……」彼の声はどこか強張っていた。「どこか、覚えていますか」
これは罠の質問だ。覚えていると言って見当違いの場所を指したら? かといって、覚えていないと答えるのはあからさますぎる。
「少し、靄がかかったみたいで……」私は軽く額に手を当てた。「お医者様も、記憶が少し混乱することがあるかもしれない、と。案内していただけますか?」
彼は足早に階段の近くにある部屋へ向かった。「こちらです」
彼がドアを開けると、そこはいかにも客間といった部屋だった。寝具はホテルのように白で統一され、化粧台に私物はなく、クローゼットも空っぽ。明らかに、人が長期的に住んでいる部屋ではなかった。
それでも私は、ここがかつての自分の部屋であったかのように、振る舞わなければならなかった。
「ありがとうございます」私は静かにお礼を言ったが、心の中では一体何が起きているのかと思いを巡らせていた。この男性は胸が痛くなるほど親切だが、なぜ見ず知らずの人間を家に招き入れるのだろうか。
リビングでソファに座っていると、コーヒーテーブルの上の薬の袋が目に入った。雑誌を整えるふりをしながら、そっと処方箋に目をやる。その瞬間、心臓が凍りつくかと思った。『イマチニブ錠 100mg』――白血病の治療薬だと知っていた。宛名は『安藤治郎様』となっていた。
白血病の薬。そして、ようやく彼の名前を知った――治郎。
衝撃に、手がかすかに震えた。健康そうに見えるこの若い男性が、白血病と闘っている? 処方箋に書かれた日付から判断するに、ごく最近処方された薬のようだった。
私は平静を装いながら、部屋の中を観察し続けた。モダンな飾り棚に、シンプルな木製フレームに入った写真が控えめに飾られているのが目に入った。そこには、優しい目と愛らしい笑顔を持つ若い女性と一緒に写る治郎の姿があった。彼女は私と同じくらいの歳に見えたが、私が決して持ち得ないであろう純真さを湛えていた。
あれが、彼の本当の妹なのだろう。そして私は、ただの偽物に過ぎない。
「夕食の準備をします」台所から治郎の声がした。「休んでいてください」
私は返事をしたが、罪悪感はますます強まるばかりだった。この男性は病の苦しみに耐えているだけでなく、全くの他人である私の世話までしている。一方の私は、彼を騙し、演技を続けているのだ。
彼が台所で忙しく立ち働いている間、私は静かに彼の動きを観察した。包丁さばきは手慣れたものだったが、時折カウンターに手をついて体を支え、一息ついているのが見て取れた。
夕食の準備が整い、私たちはテーブルに向かい合って座った。食事はシンプルだが、心のこもったものだった。炊きたてのご飯に数品の副菜、そしていい匂いの味噌汁。
「お兄ちゃん、大丈夫でしょうか?」私はおそるおそる、その呼び名を使って尋ねた。彼の体調が心配だった。この気遣いは本心からのものだ。
彼は無理に微笑んだ。「大丈夫ですよ、少し疲れているだけです。最近、仕事が忙しくて」
しかし、彼が食事にほとんど手をつけず、時折味噌汁をすするだけなことに私は気づいていた。彼の顔色は病院で見た時よりも青白く、唇には色が無かった。
「どうして食べませんの?」私は尋ねた。
「あまり食欲がなくて」彼は私の視線を避けた。「もっと食べて。まだ体が回復していないんですから」
その瞬間、私は心の中で決意した。これがどんな誤解であろうと、私たちの間にどんな不条理な関係があろうと、この親切な男性の面倒は私が見よう、と。
夜が訪れ、私は見慣れないベッドに横たわったが、一向に眠れなかった。龍也の冷たさ、治郎の優しさ、そして自分自身の内なる葛藤が、思考をかき乱し続けた。
その時、外から激しい咳が聞こえてきた。
胸が張り裂けそうな咳と、苦痛に満ちた呻き声が混じり合っていた。私はすぐに体を起こし、彼の状況を確認しようとしたが、その手は空中で止まった。
自分が記憶喪失ではないことを明かすわけにはいかない。兄が苦しんでいるのを聞けば、妹なら当然駆けつけるだろう。しかし、過剰な心配を見せれば、自分の正体がばれてしまうかもしれない。
私はドアまでそっと忍び寄り、隙間から外を覗いた。廊下は暗かったが、バスルームから光が漏れているのが見えた。
その一筋の光を通して、私は胸が締め付けられるような光景を目の当たりにした。
治郎が洗面台に身をかがめ、激しく咳き込んでいる。彼が体を起こしたとき、その手に握られた白いティッシュに、ぞっとするような赤い染みが見えた。
血だ。
彼は血を吐いていたのだ。
その瞬間、私は危うく飛び出しそうになった。この親切な人が苦しんでいるのを、ドアの陰に隠れて覗き見ることしかできない――その感覚が、私の心をずたずたに引き裂いた。
私は唇を噛みしめ、声を押し殺した。涙が静かに頬を伝い、視界がぼやけていく。
ベッドに戻ったが、一睡もできなかった。
治郎は長い間バスルームに籠り、やがて咳は次第に収まっていった。彼が私の部屋の前を通り過ぎる時、その足音は私を起こすのを恐れるかのように、とても軽かった。
外は深い夜の闇に包まれ、私の心は闇よりもさらに重く沈んでいた。
おそらく、嘘で塗り固められたこの始まりの中で、私が唯一できる真実の行いは、治郎を心から気遣うことだけだった。
たとえこの気遣いが欺瞞の上に成り立っていたとしても、少なくとも、それは誠実なものだった。
