第5章

ハンドルを固く握りしめ、バックミラー越しに助手席の治郎を窺う。彼の顔は昨日よりも青白く、呼吸はさらに苦しそうだ。車が急カーブを曲がるたびに、治郎は小さく咳をした。

「大丈夫?」何気ない声を装って尋ねる。

治郎は力なく頷いたが、その手が震えているのが見えた。「松の谷まで、あとどれくらい?」

「ナビだと、あと四十分くらい」私はアクセルをわずかに踏み込みながら、彼が持ちこたえてくれるよう心の中で祈った。

カーオーディオから、聞き慣れたニュースキャスターの声が流れてきた。だが、その直後の言葉に、私の血は瞬時に凍りついた。

「L市北部の山間部に山火事発生。消火活動が難航しており、延焼の...

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