第72章 彼のことが心配?

その一方で、夏川紅蓮の顔に浮かんでいた悔しさも、怯えも、恐怖も、焦りも――それらは刹那で消え失せ、いつもの淡々とした表情へ戻っていた。

もともと広瀬剛は単純で裏表のない性格だ。そんな変化を目の当たりにして、黒い瞳をぱっと見開く。

「夏川嬢……あ、あれ、演技だったんですか?」

夏川紅蓮はあっさり頷いた。

「うん。演技」

「……そ、そうか。めちゃくちゃ上手いですね」

広瀬剛は言葉に詰まり、しばらくしてようやくそれだけ絞り出した。

夏川紅蓮のほうが少し意外そうに瞬きをする。

諏訪淳行の手の者は、みんな切れ者だと思っていた。

けれど目の前のこの男は――どこか憎めない鈍さがある。

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