第4章

さっきまであれだけ熱を帯びていた議論が、次の瞬間には――目の前から、投稿そのものがごっそり消えている。そんな消え方だった。

投稿欄に未送信の文章を残したままの人間は、途中で強制的に弾き出され、そろって呆然。

一瞬にして、全ネットが不気味な沈黙に沈んだ。

しばらくして、大手アカウントが次々と新しくスレを立て直す。文面から滲むのは、でかすぎる困惑。

【自分は削除していません。さっき運営に確認しましたが、運営側も「規約違反として削除した」わけではないそうです】

全員「!!!!!」

じゃあ本当に、勝手に消えたってことか?

ざわつきが戻り、皆が一斉にこの件を話し始め――ようとした、その瞬間。

大手の投稿が、またしても、跡形もなく消えた。

しかも、今度はアカウントごとミュート。

関連ワードはもちろん、たった一文字でも引っかかれば投稿できない。完全封殺だ。

さすがに全員、言葉を失った。

浅川月も、その異常に気づく。

彼女は興奮気味に広報の同僚へ聞いた。

「今回、会社ってそんなに金かけて釣りアカ使って火消ししてるの? もしかして、これから沈村蓮を一線で売るつもり?」

広報の同僚は目を点にする。

「……え?」

いや、違う。やってない。何もしてない。

むしろこっちが「天が勝手に手間を省いてくれてるのか?」って困惑してるくらいだ。

……

同じ頃、葉山家の別荘。

リビングには沈村梅子と葉山詩音、それから葉山家の若様・葉山和也がいた。

葉山詩音は涙をぽろぽろ落とし、声を震わせる。

「お母さん、和也お兄さん……私、自分が葉山家の娘じゃないって分かってるし、お姉さんと争おうなんて一度も思ったことない。でも、お姉さん、発表会で私を叩いて……田山監督のバラエティに出るなって脅してきたの。私、あのチャンスをどれだけ楽しみにしてたか知ってるでしょ? だから、悔しくて……つい、お姉さんを叩いちゃったの」

昼間のトレンドの件は、詩音がまだ病院にいる時点で沈村梅子と葉山和也も把握していた。葉山和也はわざわざ電話までしてきて、「こっちは仕掛けてないのに、なんで上がってる?」と首をひねったほどだ。

葉山詩音が認めるはずもない。パパラッチに撮られただけだと言い張った。

沈村梅子も「見た」と証言し、葉山和也がトレンドの出どころを追うこともなくなる。

そのうえ帰宅してみれば、沈村蓮は勝手に家を出ていた。

沈村梅子と葉山和也は怒り心頭だ。

「詩音ちゃんをいじめておいて、出ていくほうが偉そうって何? 行きたいなら勝手に行けばいい。もう葉山家には関係ない!」

葉山詩音は、その時は本気で嬉しかった。葉山家の人間が沈村蓮を嫌えば嫌うほど、自分の居場所は盤石になる。

――なのに。

ネットに、昼間の監視カメラ映像が出回った。

世論は一気に逆風。葉山詩音はスマホを叩きつけたくなるのを必死に堪えた。

けれど沈村梅子と葉山和也の驚愕、そして信じられないという顔を前に、ネットのことなど構っていられない。とにかく理由を作って、その場を収めるしかなかった。

幸い、二人はすぐに信じた。

沈村梅子が怒鳴る。

「沈村蓮って子は本当に聞き分けがない! 今まで何度も詩音にひどいことをしてきたくせに、詩音が一度やり返しただけで、いつまでも根に持つなんて!」

葉山詩音は涙を拭い、健気に首を振る。

「お母さん……お姉さんのこと、そんなふうに言わないで。結局、私が悪いの。私、今からネットでお姉さんに謝る」

葉山和也が即座に止めた。

「謝る必要なんかない。お前がそんな屈辱を受けることはない」

「でも……ネットが……」葉山詩音は唇を噛み、泣きそうな目で葉山和也を見る。

葉山和也は昔から詩音に甘い。あの顔をされると弱い。

「俺が沈村蓮に電話する。本人に釈明させる」

「もし、お姉さんが嫌だって言ったら……?」葉山詩音はわざと傷ついたように言う。「もういいよ、和也お兄さん。私、十三年間もあなたたちに愛されてきたんだもん。お姉さんに返さなきゃいけない。お父さんとお兄さんも出張中で忙しいし、家のことで心配かけるのは……私が悪者になって、早く終わらせる」

その言葉が、逆に沈村梅子と葉山和也の不満に火をつけた。

二人は詩音をなだめつつ、沈村蓮へ電話をかける。

……

沈村蓮が葉山和也の着信を取ったのは、ちょうど一段落ついたところだった。

あの「変な女」は、前回の発表会の一件で葉山家の人間にさらに失望し、連絡先を全部消していた。

だから沈村蓮も、最初は葉山和也だと気づかずに通話を繋いでしまった。

「今すぐネットに投稿しろ! お前が詩音ちゃんに嫉妬して、わざと挑発して叩かせて、動画まで録ったって言え!」

葉山和也の怒鳴り声。

沈村蓮は水を注ぐ手を止め、声だけで相手を察する。

「傲慢で救いようがないのに、そこだけは一貫してるんだね。そこは尊敬するよ」

「……は?」葉山和也は一瞬、自分の耳を疑った。沈村蓮が自分を罵った? そんなはずがない。

以前の沈村蓮は、口答えすらできなかったのに。

沈村蓮は淡々と言う。

「聞こえないなら病院行きなよ。私に何の用? 私は獣医じゃない」

言い終える前に通話を切り、即ブロック。水を飲み干すと、何事もなかったように別の作業へ移った。

葉山和也は怒りで顔を歪め、隣の沈村梅子と葉山詩音も信じられないという表情になる。

葉山和也がかけ直すと、ブロックされていた。

さらに顔色を悪くし、沈村梅子のスマホを奪ってかける。

五回続けて鳴らし、ようやく沈村蓮が出た。

繋がった瞬間、葉山和也が怒鳴る。

「調子に乗りやがって! 今すぐ――」

沈村蓮は無言で切った。

デリバリーを頼み、知らない番号からかかってきた電話は片っ端からブロック。

料理が届き、片手でビール缶を開けて一口飲んだところで、ようやく――葉山和也がいくつもの端末を借りてかけてきた電話に出た。

「沈村蓮! いい加減にしろ、ふざけるな!」

今度の葉山和也は学習したらしく、できるだけ平静を装う。だが声は歯ぎしり混じりだ。

「詩音ちゃんがどれだけ傷ついてるか分かってるのか。今、ネットは詩音ちゃん叩き一色だ。こっちの火消しじゃ追いつかない。お前が釈明するしかない」

沈村蓮は可笑しくて、息を吐いた。

「一回で耐えられないんだ。じゃあ、私が何度も炎上させられて叩かれてた時は?」

葉山和也は言葉に詰まり、眉を寄せる。

「お前は平気だっただろ。詩音ちゃんと一緒にするな。詩音ちゃんは大事に育てられてきたんだ。小さい頃から、風当たりなんて受けたことがない」

「私も、あんたが私を失くさなければ、大事に育てられてたよ」

沈村蓮の声は怒りではない。ただ事実を述べるだけの、乾いた平坦さ。

葉山和也は沈村蓮より六つ上だ。

あの時、沈村梅子は早産で、沈村蓮はそのままNICUに入った。大人が「まだ面会はだめ」と言ったのに、葉山和也は勝手に医者と看護師の目を盗んで入り、出る時に扉を閉め忘れた。それが取り違えの引き金になった。

葉山和也は一瞬だけ固まり、隣で泣く葉山詩音を見て、すぐに表情を硬くする。

「戻ってきてから、俺がお前に優しくしなかったとでも? 問題はお前だろ。言うことは聞かない、好き勝手する、葉山家の面汚しだ。今はそんな話じゃない。詩音ちゃんが最優先だ。早く釈明しろ」

罪悪感が少しはあるのか、葉山和也は語気を落とした。

「盛川に契約を切られたっていい。だったら星崎に来い。俺が直々に面倒を見る。お前、ずっと俺のところに来たがってただろ?」

沈村蓮は最後まで淡々と返す。

「私を叩いたのは、葉山詩音だよ」

葉山和也が怒鳴り返す。

「でもお前は今まで何度も詩音ちゃんをいじめてきた! 詩音ちゃんはそのたびに根に持ったか? あいつは十分譲ってやってるんだ!」

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