第2章
午前六時、いつものように私は目を覚ました。一日が本格的に始まる前に、囲炉裏端で番茶をすすりながら心を鎮める、あの静かなひとときを求めて。
だが、私の聖域はすでに松本千恵に乗っ取られていた。
彼女はあろうことか私のエプロンを身につけ、囲炉裏の前に立っていた。どうやら手の込んだ朝食を用意しているらしい。
颯太が、その隣に影のように付き添っている。彼の視線は、いくつもの処方薬の瓶から錠剤を測り取る、松本千恵のその繊細な手つきに釘付けになっていた。
「このブルーベリーは有機栽培なんだ。がん専門医が勧めてくれた通りにね」
颯太が囁くように言った。ここ数ヶ月、ついぞ聞いたことのないような、甘く優しい声だった。
私の茶碗――直樹が幼稚園のときに作ってくれた、縁の欠けた青いやつ――は流しに打ち捨てられ、代わりに松本千恵の医療品が板の間いっぱいに散らばっていた。私がいつも、獣医学の専門誌を広げていた、まさにその場所に。
朝食テーブルの私の席は、ピルケースや診察券、そして颯太の几帳面な字で書かれたらしい治療スケジュール表に、完全に占領されていた。
松本千恵が、芝居がかった仕草で振り向いた。
「まあ、颯太さん、なんてお優しいの。あなたと直樹くんがいなかったら、私、どうしていいか分からなかったわ」
その名前が出た途端、八歳の息子が台所へと飛び込んできた。昨日、彼の押し入れには絶対になかったはずの、真新しい兜を誇らしげにかぶっている。
「見て、母さん!」
直樹は大げさな身振りで兜をくいっと上げてみせた。
「千恵さんが、本当の侍の精神を教えてくれたんだ。本当の侍は、人を守るんだって。特に、病気で苦しんでいる人をね」
私は奥歯をぐっと噛みしめた。
「直樹、その兜はどうしたの」
颯太の目には失望と怒りが入り混じったような光が宿り、一方、松本千恵は傷ついた純真そのものといった表情にさっと変わった。
「ほんの、ささやかな贈り物よ」彼女はか細い声で言った。「直樹くんに、少しでも特別な気分を味わってほしかったの」
朝食は、息が詰まるような沈黙の中で進んだ。三人がテーブルを囲んで、まるで昔からそうであったかのような家族の輪を作る中、私は板の間のそばで気まずく立ち尽くすしかなかった。
私は林檎を一つ無言で掴むと、「家畜の様子を見てくる」と何かを呟きながら、玄関へと逃げるように向かった。
午前十時、私は農場の事務所にいた。伊藤家の四世代にわたる土地の権利書や、数々の農業に関する賞状が壁にずらりと並んだ、小さな部屋だ。
颯太が机にかがみ込み、公的なものらしい書類をめくっていた。
松本千恵が彼の隣の椅子に腰かけ、青白い片手を彼の前腕にそっと置いている。
「お荷物になるのは本当に嫌なんだけど、新しい免疫療法なら、私の命が助かるかもしれないの。先生は、これが一番の望みだって仰るし。でも、保険は試験的な治療には適用されないんですって」
「あの土地は、代々うちの家族が受け継いできたものだ」颯太の声は、鋼のような決意で固まっていた。「だけど、俺たちが大切に思う人を助けられないなら、そんな土地に何の意味がある」
私は一歩近づき、彼らが何を話しているのかを悟った。南側の四反歩のトウモロコシ畑――うちの夏の収入源を支える、かけがえのない畑――が、農協のローンの担保として検討されているのだ。書類は、すでに一部記入済みだった。
「颯太、一度あの土地を抵当に入れたら、取り戻せる保証なんてどこにもないのよ」
私は警告したが、その言葉は、彼らの団結した前線の前で虚しく跳ね返されるだけだった。
午後になっても、安らぎは訪れなかった。
馬小屋へ向かうと、またしても二人がいた。松本千恵が、直樹と近所の子供たち数人に、乗馬の技術を披露しているところだった。
化学療法で衰弱しているはずの人間にしては、彼女の動きは驚くほど優雅で力強かった。まるで長年、馬の鞍の上で過ごしてきたかのような手綱さばきで、自分の馬を巧みに操っている。
「本当の侍は、愛する人を守るものよ。特に、病気で弱っているときはね」
彼女は、直樹の手綱の握り方を直しながら言った。
息子の顔は、純粋な称賛の念で輝いていた。
「僕、大きくなったら千恵さんみたいに勇敢になりたい。母さんみたいに、退屈な大人じゃなくて」
その言葉は、まるで物理的な一撃のように私を打ちのめした。
「直樹、あなたに五歳のときから乗馬を教えてきたのは、この私よ」
だが、彼はすでに松本千恵の方を向き直っており、私の言葉などまるで存在しないかのように、完全に無視した。
私の尊厳が踏みにじられるのは、家に限ったことではなかった。中央通りにある動物病院でも、それは続いた。酒井浩司先生は、いつもなら温かく同僚として接してくれるのに、今日は明らかに居心地の悪そうな様子で私を迎えた。
「里奈さん、松本さんから聞いたよ。今はご家庭のことに専念しているんだって……。君の仕事を奪うつもりはないんだが、鈴木農場の年一回の家畜検診は、うちにとっては大きな契約でね」
私は彼をまっすぐに見つめ、その言葉が意味するところを考えた。誰かが私に相談もなく、私のキャリアについて勝手な決定を下している。
「松本さんは、具体的に何と」
彼の当惑は、手に取るように分かった。
「いや、その……ご家族の世話で忙しすぎて、大規模な獣医の仕事は手が回らないだろう、とね。それで、季節ごとの検診は、私が引き継いだらどうかと勧めてくれたんだ」
その夜の嵐は、私の内面の荒れ模様をそのまま映し出しているかのようだった。
妊娠中の牛の夜の見回りをするため、納屋へと向かう私の頭上で、雷鳴が轟いた。動物たちは天候の接近を察知して落ち着きがなく、嵐が本格的になる前に、彼女たちが安全であることを確かめておきたかったのだ。
納屋を出ようとした、その時になって初めて、扉が外からかんぬきをかけられていることに気づいた。ただ閉められているのではない。意図的に、鍵をかけられていたのだ。
金属製の建物の中では携帯の電波は届かず、助けを求める私の叫び声は、唸るような風と、叩きつける雨音にかき消された。
小さな窓からは、母屋の窓の暖かい光が見えた。その光を背に、颯太と松本千恵、そして直樹が並んで座り、映画か何かを見ているシルエットが浮かんでいる。彼らは心地よさそうで、満ち足りているように見えた。嵐の中に閉じ込められた女など必要としない、完璧な家族の姿が、そこにはあった。
「颯太。直樹。誰か聞こえないの」
雷鳴にかき消されると知りながらも、私は叫んだ。
私は、納屋で一夜を過ごした。牛たちの穏やかな寝息と、屋根を激しく叩く雨音に囲まれながら。
「この十年、ずっとこの家族の世話をしてきたのは、私なのに」私は自分に囁いた。「今じゃ、自分の人生そのものから締め出されようとしている」
時間が経ち、疲労が襲ってくるにつれて、さらに暗い考えが頭をよぎった。
「納屋から私を締め出せるなら、他に何を締め出そうと計画しているのだろう」
午前二時頃、嵐がようやく収まり始めたとき、私は懐中電灯の光を頼りに、納屋の事務所部分に保管されていた農場の財務記録を調べ始めた。
そこで見つけたものに、血の気が引いた。二百万円のローンの申請書が、途中まで記入されていたのだ。正当ながん治療費の、実に二倍の額だ。銀行のルーティングナンバーが余白に走り書きされ、不動産の査定書が最近印刷された形跡もあった。
そして、決定的な証拠は、松本千恵が事務所の近くに置いていった鞄――おそらく彼女の「医療品」――の中から見つかった。その中には、医療用テープで「化学療法補助」「吐き気止め」とラベルを貼り直されたビタミン剤の瓶があった。私は携帯電話を取り出し、その全てを写真に収めた。
「これ、ただのマルチビタミンじゃない」
私は瓶をさらに念入りに調べながら呟いた。
「どんながん患者が、薬を偽装する必要があるっていうの」







