第四章
セフィ
会議室に戻ると、そこはすっかりもぬけの殻だった。みんな煙のように消えていたのだ。正直なところ、この展開にがっかりしたとは言えない。私は残っていた空のグラスや、まだ片付けきれていなかった数枚の皿をまとめ、キッチンへ運ぶ作業に没頭した。廊下を渡って奥の部屋へ向かうマックスの口笛が聞こえてくる。
「おい、なんでみんなあんなに急いで帰っちまったんだ?」
部屋に入ってきたマックスは、テーブルの片付けを手伝いながら尋ねた。
「さあね」
私は視線を落としたまま答えた。また涙があふれ出しそうで、マックスの前で泣くまいと必死に堪えていたからだ。人前で泣くのは大嫌いだった。
「変だったぜ。最後に来たあのデカいボディガード二人組が、泥酔した男を表に連れ出して、死ぬほどボコボコにしてたんだ。で、何事もなかったみたいに戻っていった」
私は手に持っていたグラスを取り落とし、目を丸くしてマックスを見た。
「彼らが何をしたって??」
「ああ、滑稽だったよ。どこか哀れでもあったけど、まあ大半は笑えたな。たぶん、お前にいつも嫌がらせしてたあのクソ野郎だと思うから、ボディガードが店に戻ってきた時、俺は喝采を送ったかもしれないし、送らなかったかもしれない」
「マックス、気をつけなきゃ駄目よ。あの人たちが何者か知ってるでしょ」
「わかってる、わかってるよ。でも、因果応報ってやつをあの男がもろに食らってるのを見て、つい応援したくなっちまったんだ。……おい、ちょっと待て。その腕、一体どうしたんだ?? それに首も??」
「これが、その因果応報の理由よ」
「なんてこった、セフィ! 大丈夫か? 何があった? なんで俺を呼ばなかったんだよ?」
「平気よ。あいつ、いつも手癖が悪いけど、今夜は度が過ぎてた。私がちょっと挑発して事態を悪化させちゃったかも。それで首を絞められたの」
「違う、違う、違う。そんなこと言うな。自分を責めるなよ。あいつは最低のクソ野郎だ。お前に手を出したんだ、顔面を殴られるぐらい当然の報いだぜ」
「うん。そうかもね。ただもう店を閉めて家に帰りたい。すごく疲れちゃった」
「もう帰れよ。あとは俺が全部閉めとくから」
「私があなたを一人置いて帰るわけないでしょ、マックス。いくらあなたが大きくて強い男でも、それは薄情ってものよ。他のみんなはもう帰っちゃったし」
「お前って本当に頑固だな。悪魔とだって口喧嘩しそうだ」
「間違いないわね」
マックスは呆れたように首を振って笑うと、テーブルの上の最後のグラスを掴んでキッチンへと向かった。
私たちは手早く掃除と片付けを済ませ、明日のランチの準備を整えた。二人ともこの店で数年働いているから、ルーティンは完璧だし、息もぴったりだ。閉店前の雑用を片付けるのは、他の誰よりも早かった。作業中はたいてい冗談を言い合ったりからかい合ったりしているので、時間はあっという間に過ぎた。
裏口を出たのは午前一時頃だった。彼が鍵をかけるのを待って、一緒に車へ向かって歩き出す。私は曇った空を見上げるのに夢中で、マックスの車と私の車の間に停まっている黒いSUVに気づかなかった。
私はその場で立ちすくんだ。
マックスはまだそのことに気づいておらず、スマホに目を落としていた。たぶん、今夜お持ち帰りしようと狙っている女の子にメールでも送っているのだろう。彼は私の数歩先を歩いていたが、ふと隣に私の気配がないことに気がついた。
「おい……な……」
振り返った彼は、その場に凍りついた私を見つけた。私の顔には恐怖が張り付いていた。あのSUVに乗っている人物が、私の想像する相手でなければいいと願っていたからだ。マックスは私の表情を見て、くるりと向きを変え、私たちの車の間に停まっているSUVを目にした。「うわ、マジかよ……」彼はそう言うと、私の方へ数歩後ずさりした。そして後ろを見ずに私を自分の背中へ押しやり、SUVの後部ドアが開くのを見据えた。
マックスの肩越しでは前が見えなかったし、顔を覗かせるのも怖すぎた。
「何が望みだ!」マックスが怒鳴った。私を守るために精一杯勇敢に振る舞おうとしているのが伝わってきたが、同時に彼の背中の筋肉が強張り、岩のように硬くなっているのも感じ取れた。
「どうか、怖がらないでくれ。私はただ、今夜の素晴らしいサービスの礼をペルセポネにしたいだけだ」
低く、とても穏やかな声だった。はっきりとしたロシア訛りがある。聞き覚えのある声だった。私はマックスの肩からそっと顔を出した。案の定、“ミスター・王様・ボス”ことアドリックが、ゆっくりとこちらへ歩いてくるところだった。
私はマックスの背中に手を置き、言った。「大丈夫よ、マックス。彼は助けてくれたの……ほら、カルマの時のこと。あの時のボディガードは彼の人たちだったの」
マックスは目に見えて力を抜き、深く息を吸い込んだ。
「ああ、神様ありがとう。今夜は死なずに済みそうだ」彼は小声で呟いた。
私はくすくすと笑い、背伸びをして彼の頬にキスをした。「ありがとう」
「お前を守るのは俺の役目だろ、ジンジャースナップ」
私は自分の車と、じっと私を見つめているアドリックの方へと歩み寄った。
「ずっと待っていたんですか? レストランに戻ってくればよかったのに。それか、明日届けるとか」
「片付けるべき用事があったんだ。車で戻ってきたら君たちの車がまだあったから、待つことにした。それほど長くは待っていないよ」そう言って、彼は分厚い現金の束を私に手渡した。
「えっ……いや、駄目です。これは多すぎます。受け取れません」私は百ドル札の束を彼に返そうとした。
「頼むから。君が稼いだものだ」彼はそう言うと、再び優しく私の顎を掴んで顔を上向かせ、首に残るあざ——さっきより色が濃くなっている——を確認できるようにした。
彼が小声で何か罵るのが聞こえたが、あざを調べている最中だったので、何と言ったかまでは聞き取れなかった。
「大丈夫、本当に。平気です。もっと酷いこともありましたから、正直なところ」
彼の眉間にしわが寄った。彼は私の顔をじっと見つめ、またしても解れた巻き毛を耳に掛けた。無意識のうちに、私はその手に身を委ねていた。目を閉じ、深く息を吸い込む。キッチンの時と同じように、完全な安らぎの瞬間が訪れた。彼は掌を私の頬に当て、親指で軽く撫でた。私はその感触を、静寂を、そして彼が触れるたびに全身に広がる温もりを噛み締めた。
「家まで運転できるか? ソルニシコ」
彼の問いかけで私はトランス状態から引き戻され、一瞬自分がどこにいるのか忘れてしまった。
「え? あ、はい。はい、大丈夫です。ごめんなさい」私は早口で言い、鍵を取り出そうと視線をバッグに落とした。
「謝る必要はない。君の人生には、そういう時間がもっと必要なんだと思うよ」
彼はあのセクシーな薄笑いを浮かべて言った。彼がどれほど的を射ているか、本人が知る由もないだろうが……。
