第119章

林野正明は芝居を打っているだけ――そう分かっていても、あの男が口にした「悪い者」とやらに当てはまるのは、彼女と娘以外にいない。

渡部綾香は必死に林野正明のほうを見ないようにした。視線を合わせれば、何かを悟られる。

綾香はグラスを指先で揺らしながら、その一家の茶番を冷ややかに眺めていた。胸の内に湧くのは、笑えるほどの皮肉だけ。

株を嫁入り道具として返す――まるで林野正明が恵んでやるみたいな言い草。

あれはもともと、お爺さんが自分に遺してくれたものだ。

それに、あの強欲が、そんなに簡単に手放すはずがない。

きっとこれは警戒心を解くための餌。大人しく「嫁入り」させるための、甘い砂糖衣だ...

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