第120章

「お姉さま~。前は私が子どもで、お姉さまと何度もぶつかっちゃって……この一杯でお詫びさせて。どうか許して?」

林野佳恵の声は、甘ったるいほどに媚びていた。拒む隙も与えず、酒杯を渡部綾香の目の前へ突き出す。

綾香は視線を上げる。佳恵の瞳の奥に、必死に隠した高揚と毒がちらついているのを見て、胸の内で冷たく笑った。

受け取って――相手の気を逸らした瞬間に、そのまま返す。

自分で飲めばいい。自業自得だ。

指先が、ひんやりしたグラスの縁に触れかけた、その刹那――

「渡部さん。奇遇ですね」

低く、品のある男の声。どこか耳に残る磁力を帯びた響きが、少し離れた場所から滑り込んできた。

綾香と...

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