第86章

沈村敦司は広いテラスに立ち、指先に細身のイタリア産シガーを挟んでいた。火は点けない。ただ夜風に任せ、熟れた煙草の香りだけを散らしていく。

年の頃は三十前後。彫りの深い顔立ちに、陽を浴びた健康的な蜜色の肌。

眉と目元には、どこか気だるい優雅さが漂う――だが、真正面から視線を受け止めた者だけが、その奥に沈む冷たさを知る。

背後には、白髪混じりのスーツ姿の紳士が一人。沈村の腹心であり執事でもあるジャスティンが、畏まって控えていた。

「若様。鈴宮家の組長が面会を承諾しました。明日の夜10時、場所は先方のプライベートクラブです」

沈村敦司は淡く「……ああ」とだけ返し、遠い夜景へ目を投げた。思...

ログインして続きを読む