第32章 浮気相手になりたくない

緒方廷治の今日の優しさは、まるで一夜の幻だった。いま目の前にいる彼は、かつての暴君そのもの。自分で決めたことは必ず実行し、松本霞澄に抵抗の余地など与えない。

とはいえ、彼は最初から霞澄のバッグを漁るつもりはなかった。引き出しに入れていた身分証だけを取り出し、さっとバッグへねじ込む。

「他の荷物はまた後日取りに来い。今は俺と行く」

言い終えるより早く、霞澄は必死の形相でバッグを奪い返し、そのまま背中へ隠した。

その不自然な動きに、緒方廷治の視線が鋭くなる。

「……そのバッグに何が入ってる」

否定しかけた霞澄は、すぐに言い方を変えた。

「そもそも、勝手に人のプライバシー侵害しないで...

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