第37章 この女には心がない

緒方廷治は知らなかった。いまこの瞬間、松本霞澄がどうしようもないほど追い詰められていることを。

彼女の流産手術は――最後まで、受けられなかった。

手術室へ運び込まれる、その直前。松本霞澄のスマホが震えた。平和療養院からの着信だった。

そこは、祖母が生前お世話になっていた療養院だ。松本家の当主は仕事で多忙、夏目乙美は祖母と折り合いが悪く、松本希実はそもそも人の世話に向かない。だから、顔を出していたのはほとんど霞澄だけだった。そこで何人もの「かわいいお年寄り」と知り合った。行方不明になった保坂婆さんも、そのひとり。

保坂婆さんは七十一歳。アルツハイマーで、ふだんは誰のことも分からない。口...

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