第1章

赤ん坊の泣き声が、ぷつりと途絶えた。

私はコードの海から顔を上げ、自分が息を止めていたことに気づいた。先ほどまで三十分は続いただろうか、その声は壁を突き抜けるほどの力強さで、まるで真隣の部屋から響いてくるかのようだった。

そして今、突然訪れた静寂が、かえって不安を掻き立てる。

スマートフォンを手に取ると、団地のLINEグループが沸騰していた。七〇七号室の栗原源一がたった今、メッセージを投下したらしい。

『すみません、子供がうるさすぎたので、絞め殺しました』

数分間の沈黙の後、グループは再び動き出した。

六〇二号室の星野和枝が真っ先に反応する。

『こんな台風の夜に、そんな恐ろしい冗談はやめてください。非常に不謹慎です』

続いて五〇四号室。

『子供が泣くのは当たり前ですよ。あやしてあげればいいじゃないですか?』

七〇五号室の梶浦正雄はいつものように理路整然としていた。

『何かお困りですか? 救急車を呼びましょうか?』

七〇二号室の月城隼人は少々慌てているようだ。

『確かに急に静かになりましたね。何も聞こえなくなりました。まさか、本当に何かあったんじゃ……? マジでビビるんですけど!』

私は玄関へ向かい、習慣的にドアスコープから廊下の様子を窺う。L字型の廊下は誰もおらず、台風による停電の中、非常灯だけが弱々しい光を放っていた。

七〇七号室は私の隣だ。栗原源一一家が住んでおり、越してきて半年になるが、彼らに対する印象は薄い。栗原源一は痩せ型の長身で、常に疲れているように見え、目の下の隈が目立っていた。だが、廊下で会うたびに軽く会釈をして挨拶を交わす。彼の妻である千鶴はあまり外に出ず、たまに一歳にも満たない子供を抱いてベランダで日向ぼっこをしているくらいだった。

最近、ニュースでは仕事のストレスが原因の家庭内悲劇が頻繁に報じられている。栗原源一がこんな冗談を言うのも、そのストレスの兆候なのだろうか、と私は思わず考えてしまった。

LINEグループでは、五〇四号室がやや強硬なメッセージを送っていた。

『これ以上異常な状況が続くようでしたら、警察に通報します。もちろん、何か困ったことがあれば、まずは個人チャットで相談に乗りますよ』

栗原はすぐに返信した。

『本当に申し訳ありません。ただの冗談です。妻が起きて授乳を始めましたので、もうご迷惑はおかけしません』

グループチャットは再び静けさを取り戻し、残るのは台風警報の自動通知だけだった。私はほっと息をつき、再びプログラムコードの世界に没入した。

二十分後、スマートフォンが再び震えた。今度はメインのグループではなく、私が団地の住人何人かと組んでいるゲーム交流グループだ。主に五〇四の鹿島と一緒にゲームをするためのものである。

五〇四からメッセージが届く。

『七〇七の人、何かおかしいと思う』

私は一瞬固まった。いつもの鹿島とは違う口調だった。

五〇四は続ける。

『さっき三十分も泣いてたのに、母親は授乳しなかったのか? おかしいだろ?』

『それに、赤ん坊の泣き声って、普通は急に止まるもんじゃない。だんだん弱くなっていく過程があるはずだ』

『やっぱり、何かがおかしい。そういえば、誰か七〇七号室の主人の最近の異常な行動とか覚えてるやついるか?』

私は画面を睨みつけ、奇妙な感覚がこみ上げてくるのを感じた。

今日の台風はあまりに強すぎるのかもしれない。風の唸り声はますます近くなり、雨粒も激しく窓を叩きつけている。こんな環境では、不安にならざるを得なかった。

この古い団地は取り壊しが近いため、今では十五世帯しか残っていない。

私らの七階に住んでいるのは数世帯だけだ。七〇一号室の私、葛城真司。七〇二号室の月城隼人。そして、あの得体の知れない栗原一家が住む七〇七号室。

団地のグループと町内会に参加しているのは十二世帯のみで、普段の交流は少なく、何かあった時だけ活発になる。

今夜の台風は、グループ全体を賑わせていた。

私が五〇四のメッセージにどう返信しようか迷っていると、メインのグループで新たな議論が始まっていた。

月城がまず、五〇四の鹿島の疑問に答える。

「考えすぎだって! 自分の子供に手を出すやつなんていねーよ! そんなのあり得ないって!」

そんな中、梶浦正雄(七〇五)が不穏なメッセージを送っているのに気づいた。

「数日前の深夜、七〇七号室の栗原さんがベランダで犬を殺しているのを見ました。異常な行動です」

このメッセージは、すぐに月城の反応を引き出した。

「マジでビビらせんなよ! 本当かよ?」

六〇二の星野和枝は、彼女らしい冷静さを保っている。

「犬を殺したから何だというのですか? それが人を、ましてや家族を殺す証明にはなりません。憶測で物を言うべきではありません」

画面上の会話は続く。梶浦はさらに補足した。

「第一に、栗原さんは常に疲弊しているように見えます。第二に、彼の家から口論が聞こえたことがあります」

私の心臓が速く脈打ち始めた。

梶浦は、私らが誰も思いつかなかった決定的な問題を提起した。

「最近、栗原さんの奥さんとお子さんを見かけた方はいますか?」

グループ内は数秒間静まり返り、それから私、鹿島、月城、星野を含む全員が、ここ数週間、七〇七の妻子を見ていないと答えた。

「警察に通報すべきだと思います」

星野が提案した。

「この状況なら、警察が安否確認のために訪問してくれるはずです」

意外にも、いつもは温厚な五〇四の鹿島がそれに疑問を呈した。

「確たる証拠もないのに通報するのは、他人のプライバシーに干渉しすぎじゃないか?」

その口調は、普段の鹿島とは全く違っていた。

鹿島はゲームオタクで、ゲーム以外のゴシップには一切興味を示さない。普段は軽い絵文字をつけて話すのが常で、こんなに真剣な口調で話すのを見たことがなかった。

「俺、ちょっとドア叩いて様子見てくるわ」

月城が提案した。

「塩を借りに来たとか、そんな感じでさ」

他のメンバーは口々に賛成した。

私は議論には参加せず、ただ黙って一つ一つのメッセージを読み続けた。好奇心と心配が、私をパソコンチェアから立ち上がらせ、そっと玄関へと足を運ばせた。

ドアスコープからは廊下しか見えず、その先の曲がり角は見えない。廊下に人影がないことを確認し、私はただドアに耳を押し当て、廊下の物音を聞き取ろうと試みた。

ほどなくして、七〇二の月城がドアを開ける音が聞こえた。カチャリという錠の音が、夜の静寂の中でことさらに響く。

私は息を殺し、彼の足音が七〇七のドアの前で止まるのを聞いた。

彼はチャイムを鳴らさず、ドアをノックした。

廊下は異様なほど静かで、私は会話の声を聞き取ろうと必死になったが、何も聞こえてこなかった。

半分の時間が過ぎた後、はっきりとしたドアの閉まる音が聞こえた。

それきり、何の音もなくなった。周囲は静寂に包まれ、まるでこの七階には私以外、もう誰も生きていないかのようだった。

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