第4章
「すみません、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
私は探るように尋ねた。
「どうぞ」
「七〇二号室の月城さんのことですが、彼は七〇七号室の様子を確認しに行って……そのまま戻られていないのでは?」
「月城さん? ああ、もう帰宅されましたよ。確認済みです」
警官の返答は、きっぱりとしていて素早かった。
私は自分の記憶を疑った。まさか本当に、月城さんが帰宅する足音を聞き逃したというのか? 台風の音が大きすぎて、他の音をかき消してしまったのだろうか?
「私はこの団地担当の巡査です。何かあれば警察ではなく、直接私にご連絡ください」
なぜ警察にかけるなと? 奇妙な要求だ。
「連絡先は五〇四号室の鹿島さんにお渡ししました。彼がLINEグループで共有してくれるはずです」
「わかりました。ありがとうございます」
私は機械的に答えながらも、心の中では警鐘が鳴り響いていた。
警官は頷くと、踵を返して去って行った。
と、その時、私は極めて奇怪な光景を目にした。警官の向かい側から、栗原源一が歩いてくる。だが、警官は背後の人物に全く気づいていないようだ。彼はスマートフォンに目を落とし、時折顔を上げてはエレベーターの表示灯を眺めている。
やがてエレベーターが到着し、「チーン」という音が鳴った。
警官が顔を上げる。エレベーターの扉がゆっくりと開く。彼は、栗原源一の身体をすり抜け、エレベーターに足を踏み入れた。
扉が閉まり、警官の姿が消える。
栗原源一は、依然としてその場に佇み、身じろぎ一つしない。
不意に、彼はゆっくりと首を巡らせ、真っ直ぐに私のいる方角を見据えた。
心臓が胸から飛び出しそうになり、私はすぐさま数歩後ずさり、ドアから離れた。
冷や汗がTシャツの背中を濡らし、呼吸は浅く、重くなる。
警官には、栗原源一が見えていなかった!
私は深く息を吸い込み、無理やり自分を落ち着かせようとした。
頭の中に無数の恐ろしい可能性がよぎったが、最も筋の通る説明は一つしかなかった。栗原源一は、もはやこの世の人間ではない。
LINEグループに、鹿島からまた新しいメッセージが届いた。
『警察の方が確認してくれたところ、七〇七号室の栗原さん一家は、お子さんが熱を出して病院へ行かれたそうです。皆さん、ご安心ください。何かあれば、この団地担当の巡査の方にご連絡を。番号はXXX-XXXX-XXXXです』
私はそのメッセージを睨みつけた。背筋に悪寒が走る——栗原源一は死んでいる。だというのに、なぜ警官は栗原一家は病院へ行ったなどと言ったのか?
警官に問題があるのか、それとも栗原源一が警官を騙したのか?
すぐに星野和枝が返信した。
『どうして直接警察じゃダメなんですか?』
鹿島が答える。
『この警官は我々の地区の専門担当だから、直接連絡した方が警察より早く対応してもらえる。効率がいいんだ』
口実としては問題なさそうだ。栗原源一よりは、まだ警察の方を信じたい。それに、私はこの偽物の鹿島を騙し通し、私が何も気づいていないと思わせなければならない。
私は深呼吸し、グループで自分の発見を共有することに決めた。
『先ほどドアスコープから奇妙なものを見ました。警官がエレベーターを待っている時、栗原さんをすり抜けたんです。でも警官は彼が全く見えていないようでした。警官がエレベーターに乗った後、栗原さんがこちらを振り向いて……あまりに不気味です』
グループは数秒間静まり返り、それから偽物の『鹿島』が返信してきた。
『本当ですか? 見間違いじゃないですか? 警察にまで見えないなんてこと、あり得ます?』
星野和枝もそれに続いた。
『葛城さん、何か薬でも飲んでるんですか? 言うことがどんどんおかしくなってますよ、こっちまで怖くなってきたじゃないですか!』
鹿島も同調する。
『もし栗原さんが本当に死んでいるなら、どうして警官は気づかないんですか? きっと緊張しすぎて幻覚を見たんでしょう』
私は毅然として返信した。
『私は正気です。薬も一切服用していません。自分が見たものは真実だと確信しています』
さらに説明を続けようとした時、スマートフォンが震えた——個人チャットの通知だ。
送り主は七〇五号室の梶浦正雄。
『葛城さん、少しお話したいことがあります。グループでは話しにくいことでして……』
個人チャットの画面を開くと、梶浦からのメッセージが立て続けに表示された。
『六〇二号室の星野さん、何か問題があると感じませんか?』
私は眉をひそめた。彼の意図が分からない。
梶浦はメッセージを送り続ける。
『このマンションのベランダには防犯格子がありません。ロープさえあれば、階を移動するのは難しくないはずです』
その情報に、私の心臓がどきりと跳ねた。
梶浦は続けた。
『星野さんと七〇二号室の月城さんに、以前トラブルがあったのをご存知ですか? 彼らは過去に何度も口論になっています』
私は次第に梶浦の言わんとすることを理解し始めたが、彼の次の推測は私に衝撃を与えた。
『七〇七号室のドアを叩いたのは、月城さんではなく、星野さんではないかと疑っています』
私の指は画面の上で止まったまま、読んだ内容が信じられなかった。
梶浦の最後のメッセージは、さらに私をぞっとさせた。
『星野さんが、月城さんにもう何かしたのではないかと……』
私はそのメッセージを凝視し、すぐにはどう返信すべきか分からなかった。
梶浦の推測はあまりに衝撃的で、私の事態への理解を根底から覆した。脳が猛烈な速さで回転し、すべての手掛かりを繋ぎ合わせようとするが、考えれば考えるほど混乱と恐怖が増していく。
考えがまとまらないうちに、スマートフォンが一度震え、梶浦正雄から新しいメッセージが届いた。
『話し合いやすいように、小規模なグループを作成しました』
リンクを開くと、そこは私、梶浦、そして『鹿島』の三人だけのLINEグループだった。グループ名は『緊急対策』。
これで我々の小グループは三つ目だ。一つ目のグループには栗原源一がおらず、二つ目のグループでは月城が減り、そして三つ目のこのグループでは、星野和枝さえ招待されていない。
『皆さん、状況は我々が想像するより複雑だと思います』
梶浦からの最初のメッセージが届いた。
『星野さんは信頼できるか分からなかったので、あえて招待しませんでした』
私は画面を見つめ、ふと眩暈のような感覚に襲われた。信頼できる人間が、少しずつ減っていく。このグループにいる鹿島ですら、信用できないというのに。
残るは、最後の梶浦さんだけ。彼は、信頼できるのだろうか?
