第4章
「……すぐ、すぐそばにいる……」
理沙が電話を私のほうへ突き出してきた。
「桜子、そこにいるんだろ!」
翔太の取り乱した泣き声が、ねじ曲がって獣じみた唸り声に変わる。
「身勝手なクソ女みたいに突っぱねてないで金を送れ! あいつらが脚を切断したら、お前のせいだぞ! お前の手が血で汚れるんだ!」
呪いの反動が、始まったのだ。
私は怒らなかった。ただマイクへ顔を寄せる。
「医者を呼びなさいよ、翔太」
理沙から電話を受け取り、気だるげに言った。
「救急の話なら、なんで私にかけてくるの?」
翔太が電話口で息を詰まらせる。
「お前は俺の妻だろ! 葵は家族だ!」
「あなたの妹でしょ。私のじゃない」
私は冷たく訂正した。
「いったい何のために、彼女に五千万円も払うの?」
理沙が乱暴に、私の手から電話をひったくった。
「あなた、本当に心が死んでるの!?」
彼女は叫び、私の肩を力任せに押しのけようとする。
「翔太はあなたの旦那よ! 最低限の人間らしさくらい持って、病院に来なさい!」
私は軽く身をかわし、拙い突き飛ばしをやり過ごした。怒りに染まった、偽善的な顔を見つめる。
いつもなら、ここで扉を叩きつけて終わりだ。けれど――誘惑が、あまりにも強すぎた。
「いいわ」
車の鍵をつかみ、私は言った。
「家族を支えに行きましょう」
復讐の第一波を、この目で見たかった。どうしても。
私たちが私立クリニックに着いたのは、ちょうど手術室の扉が開いた瞬間だった。
看護師たちがストレッチャーで葵を運び出してくる。太ももの下で病院のシーツは、不自然なほど真っ平らに落ちていた。葵は幽霊みたいに青白く、意識はなく、点滴の管が何本も絡みついている。麻酔はまだ完全に効いたままだ。
翔太は檻の中の獣みたいに廊下を行ったり来たりしていた。私を見た途端、血走った目が、私の空っぽの両手に食いつく。
「金は!?」
恐怖と怒りで声を震わせ、翔太が詰め寄る。
「わざわざここまで来て、小切手の一枚も持ってこなかったのか!? お前、本当に心がないのか!」
私はただ、冷ややかで距離のある笑みを返した。
「手術はもう終わったのよ、翔太。今さら払って、何の意味があるの?」
私は帰らなかった。陰鬱な一行の後ろについて、特別室の回復病棟まで付いていく。彼女が目を覚ます瞬間を、最前列で見たかった。
二時間後。強い鎮痛剤が切れ始め、葵のまぶたがようやく震えながら開いた。
彼女はうめき、天井を見つめたまま苦痛に顔を歪める。だが、霞んだ視線が動き、ベッドの足元に立つ私を捉えた瞬間――あの毒が、即座に戻ってきた。
「……あんた……」
掠れた弱い声で、葵が絞り出す。
「義妹を助ける小切手すら持って来られないの?」
痛みに耐えながら、唾を吐くように言った。
「みっともない、ケチな令嬢ね」
その歪んだ顔を見た途端、凶悪な記憶が瞳の裏で燃え上がった。
前の人生で私は、東京での神経手術の費用を捻出するために、農場の半分を換金した。彼女がまた歩けるようにと、何百万円も払った。
呪いの指輪のせいで私が麻痺したとき、私は完全に治った葵に、翔太を探す手助けを頼んだ。彼女は代わりに、私から盗んだハイヒールを履いて現れた。
「翔太はどこ……?」
車椅子に縛りつけられたまま、私は泣きじゃくった。
「お願い、葵……病院に……連れてって……」
葵は答えない。ただ脚を持ち上げ、そのまま車椅子を乱暴に蹴り倒した。
私は床に叩きつけられた。死んだ脚は動かず、身を守ることもできない。
「病院?」
葵が嘲った。わざと鋭いヒールを、萎れた私の手の甲へと踏みつける。
「なんで兄さんが、壊れた現金自動支払機にまともなお金を使うのよ?」
「あなたの命を救ったのは私よ!」
腕を貫く激痛に叫び、私は喚いた。
「その脚の金だって、私が払った!」
葵は残酷で傲慢な笑い声をあげただけだった。踵を、指の関節へさらに深くねじ込む。
「その骨董品みたいな指輪が、あんたを吸い尽くしてくれたおかげで、私の脚は最高なの」
見下ろしながら嗤い、吐き捨てる。
「床の上で静かに腐ってなさいよ、桜子。次の人生では、もう少し賢くなることね」
私は現在へ引き戻された。
葵のベッドの下端――暴力的なほど平らなシーツを見下ろす。私はわざと一歩近づき、強く健康な私の脚が、まっすぐ立っているのを彼女に見せつけた。
「贈り物を持って来られなくて、ごめんね。葵」
私はにこやかに笑った。
「手持ちは全部、新しいヒールに使っちゃったの」
首を傾げ、彼女の膝の下――そこにあるはずのない空白を、まっすぐ見つめる。
「でも正直、切断ってそんなに悪いことじゃないわ。これからはデザイナー靴にお金を注ぎ込まなくて済むんだもの。家族も助かるでしょ」
葵の心電図モニターが、突然跳ね上がり、けたたましく速い警告音を鳴らした。葵の目が見開かれる。私の言葉の意味――そして自分の失われた四肢の現実が、術後の霞を突き破って押し寄せたのだ。心の防壁が、音を立てて崩壊する。
「なんで、あいつの脚が無事なのよ!?」
葵は悲鳴を上げ、シーツを引き裂くように掴みながら暴れる。声は掠れて狂気を帯びていた。
「なんで切られたのが私なのよ!?」
駆け寄って押さえ込もうとする翔太のシャツを、葵は狂ったように掴み上げる。顔は正気を失い、歪みきっていた。
「翔太! 指輪の呪いが、あいつを吸い尽くすって約束したじゃない!」
