第1章
「非常勤講師、ですか?」羽川薫はメニューを置き、その視線が瞬時に冷たくなった。「てっきり正規の教員だと思っていたのですが」
私は高級レストランの革張りの椅子に、体を硬くして座っていた。周りの客からの奇異な視線を感じながら。今日、こんな風に見られるのは、これで三度目だった。
「美術大学を卒業して、今は星空高校で……」
「美術?」薫は隠そうともせずに嘲笑を漏らした。「余計に先がないじゃないですか。正直なところ、梨奈さん、僕には将来性がある。まだいくらでも相手を探せるんですよ。あなたのその歳で、そんな不安定な仕事ではね……」
彼の言葉はナイフのように私を切り裂いた。三十一歳――明日で、三十一回目の誕生日を迎える。三十一にもなる女が、見合い相手に公然と見下されている。
「お会計、お願いします!」私は声を震わせながら立ち上がった。
薫は一瞬呆気にとられた顔をしたが、やがて肩をすくめた。「まあ、僕の話しはちょっとだけきついかも、でもそれも事実だろう、ちゃんと考えてるほうがいいよ」
確かに、でも、その話し方は!
震える手でクレジットカードを探りながら、この食事代が三日分の給料に相当することを計算する。でも今はただ、この場所から、この男の侮蔑的な視線から逃げ出したかった。
レストランを出た瞬間、スマートフォンがけたたましく震えだした。
「梨奈! 一体何してるの!」スピーカーから母の声が爆発した。「薫さんから聞いたわよ、ひどい態度で席を立ったって? このお見合いをセッティングするのがどれだけ大変だったか分かってるの?」
「お母さん……」
「『お母さん』じゃないわよ! 明日で三十一になるっていうのに、少しは現実を見なさい! まだ自分が十八の小娘だとでも思ってるの? 今の自分を見てみなさいよ、正規の職にも就いてない非常勤講師のくせに!」
一言一言が針のように私の胸に突き刺さる。冷たい街灯に身を寄せると、涙が堪えきれずに頬を伝った。
「お母さん、私……」
「『私』が何よ? お父さんの言う通りだったわ。あなたに美術なんて学ばせるんじゃなかった。その結果がこれじゃない! 三十一にもなって、まだ親に心配かけて! 親戚の前で私がどれだけ恥ずかしい思いをしてるか分かってるの?」
プツッ――と、通話が切れた。
人通りのない路上に、私は一人で立ち尽くしていた。行き交う人々は皆、それぞれの目的地へ向かっていく。私だけが、世界に取り残された迷子のように、その場に取り残されている。
もしかしたら、大地叔父さんの言った通りなのかもしれない――私には、本当に価値なんてないんだ……
その考えが毒のように心に染み込んでくる。十四年経った今も、あの男の言葉が頭の中で木霊していた。『お前はただのお荷物だ。俺以外に、誰がお前のことなんか気にかける?』
深い夜の中、私はおんぼろの中古車をゆっくりと星空高校へと走らせた。明日の代理授業の準備をしなければならなかったから。でもそれ以上に、がらんとした自分のアパートに帰りたくなかった。三十歳最後の惨めな夜を、一人で過ごしたくなかったのだ。
校内は不気味なほど静まり返り、雲の切れ間から漏れる月光が校舎に奇妙な影を落としている。鍵を使って美術棟の扉を開けると、懐かしい絵の具の匂いがすぐに鼻腔を満たした。
かつて、ここだけが私の聖域だった。
「三十一になってもまだここにいるなんて、大した出世だこと」私は苦々しく独りごち、足は無意識に、何年も前のあの教室へと向かっていた。
扉を押し開けた瞬間、記憶が津波のように押し寄せてきた。十七歳の私。いつも隅の席に座って、机の端にこっそり小さな花を描いていた。そして、彼が……
「きれいな花だね、小さな花……」
その声、その温かい声が、今も耳の奥で響いているようだった。
私は硬直したまま、昔の自分の席へと歩み寄った。使い古された机はまだそこにあり、その表面には時の流れが刻み込まれている。震える手でそっと天板を撫でると、十七歳だった頃の温もりをまだ感じられるような気がした。
「あなたにさえ出会わなければ……」私は苦しげに囁いた。「そうすれば、あなたは……」
涙が机の上にぽたりと落ちる。慌てて袖で拭うと、その時、指が何かに触れた――薄くなった、一筋の彫り跡に。
スマートフォンを取り出し、ライトを点けて机に顔を近づけた。
その言葉をはっきりと目にした瞬間、全世界が止まった。
『なな、君は美しい。君がそれを知ってくれたらいいのに。――K』
心臓が跳ね上がり、血が逆流する。私を「なな」と呼ぶのは彼だけだった。高森健太だけが、私をそう呼んだ。
「ありえない……」私は震える声で呟いた。「あなたは十四年前に死んだはず……」
記憶が鮮明によみがえってくる。いつも私に笑いかけてくれた、あの太陽のような少年。私を助けるために炎の中に飛び込み、二度と戻ってこなかった、あの恐ろしい火事……
涙で視界がぼやける中、私は震える手で鞄からペンを取り出した。なぜこんなことをするのか自分でも分からなかった――ただ、あの彫られた言葉に、衝動的に返事をしたかったのだ。
『健太……もし時間を巻き戻せるなら、あなたを私のために犠牲になんてさせなかった……』
書き終えてペンをしまおうとした、その時だった。突然、机の上に新しい文字が現れたのだ!
その文字は、まるで目に見えない手によって書かれているかのように、一画一画、私の目の前で姿を現していく。
『誰だ? なんで俺の字が見える? こっちは二〇一二年三月十四日、美術の授業中だ』
ペンがカタンと床に落ちた。私は目を大きく見開いて、目の前で起きていることが信じられなかった。
「そんなはずない!」私は叫んだ。その声は、誰もいない教室に虚しく響いた。
しかし、机の上の文字ははっきりとそこにあった――見覚えのある筆跡、見覚えのある口調……
彼は生きている……あの時間軸では、まだ生きている!
その認識は、雷のように私を打ちのめした。心臓は激しく鼓動し、指はペンを握ることさえままならないほど震えている。
もしこれが現実なら、もし本当に二〇一二年の健太とやり取りができるのなら……
あの悲劇を防ぐことができるなら……
彼を救うことができるなら……
私は深呼吸をして、震える手でペンを拾い上げた。これが奇跡だろうと幻覚だろうと、このチャンスを掴まなければならない。
『私は……二〇二六年から来た者です。健太、信じられないと思うけど、信じて……』
私はペンを止め、自分の書いた文字を見つめた。この後、彼に何を伝えればいい? 十四年後の私が、今も彼の死に責任を感じていると? 彼の命を奪うことになる火事について話すべき?
それとも……彼を愛していると、伝えるべき?
再び机に新しい文字が現れ、私の思考を遮った。
『二〇二六年? 冗談だろ? 未来ってどんな感じなんだ? それと……なんで俺の名前を知ってるんだ?』
その文字を見つめていると、また涙が込み上げてきた。その口調、その好奇心旺盛な様子――まさに十七歳の健太そのものだった。いつも生命力に溢れ、あらゆることに興味津々だったあの少年。
彼を救わなければ。
どんな代償を払ってでも。
