第2章
翌朝、和也のペントハウスに足を踏み入れた私は、解くべきかどうかも分からないパズルの中に迷い込んだような気分になった。
ヤクザの若頭、その言葉から抱くイメージを、その部屋は裏切っていた。壁に飾られているのは、盾や防具といった守りのための武具ばかり。それは攻撃するためではなく、あくまで生き残るための道具に見えた。そして、コーヒーテーブルに目をやると、そこには『紛争後復興』、『被害者心理と回復』、『危機における倫理的リーダーシップ』といった、場違いなタイトルの本が散らばっているのだった。
『被害者を助けることについて書かれた本を読むヤクザなんて、一体どんな人間なの?』
意味を理解しようと、本の背表紙を指でなぞる。これらは、人を傷つけることを生業にしている人間の本じゃない。何かを正そうとしている人間の本だ。
「……興味深い読書趣味ね」と、私は小声で呟いた。
「知識は力だ」背後から聞こえた和也の声に、私は思わず飛び上がった。
『どうしてこんなに静かに動けるのよ、この人は』
「いえ……その、意外なご趣味をお持ちなのだと、少し感心していただけです」私は彼の方へ向き直りながら言った。彼がその身にまとう完璧な仕立てのチャコールグレーのスーツは、おそらく私の車一台より高価だろう。だが、その着こなしは実に自然で、まるで着慣れた鎧のように馴染んでいた。
「君の席はあそこだ」彼は床から天井まで続く窓のそば、ガラスでできたモダンなワークスペースを指差す。「俺のファイルの整理と、会議のスケジュール調整。それが君の仕事だ。やれるな?」
「それくらい、お安い御用よ」
彼の琥珀色の目に、何かがきらめいた。「期待している」
彼がホームオフィスへと姿を消した隙に、私はデスクの書類に手を伸ばした。求めているのは、山口家の活動を示す何らかの痕跡。だが、そこに並んでいたのは完璧に合法的なビジネス文書ばかりだった。投資ポートフォリオ、企業の買収報告、そして慈善団体への寄付を証明する書類。
『慈善団体? ヤクザが?』
その時だった。四半期報告書のページの間から滑り落ちた一枚の写真に気づいたのは。それを取り出す私の手は、かすかに震えていた。
警察の制服を着た男が、高価なスーツに身を包んだ年配のイタリア人男性と握手をしていた。二人とも、旧友のように微笑み合っている。
その警官は若く、三十代くらいだろうか。優しい目元と、父と同じ少し歪んだ笑みを浮かべていた。
『お父さん……』
一瞬、視界がぼやける。もし山口家が父を殺したのなら、なぜ父はこんなにも……幸せそうに? 信頼しきった顔で写っているの? 年配の男は、山口裕也、山口和也の父親に違いない。彼らは休戦を強いられた敵同士のようには見えない。心からの盟友のように見えた。
『一体、何がどうなってるの?』
「何か面白いものでも見つけたか?」和也の声がすぐ背後で聞こえ、私は写真を握りしめたまま、勢いよく振り返った。
「い……いえ、すみません。整理していたら、これが落ちてきて」私は写真を掲げ、彼の顔を注意深く観察した。「ご家族のお知り合いですか?」
彼の表情から一切の感情が消えた。だが、彼が隠しきる前に、その目に痛みが閃いたのを私は捉えた。
「父は顔が広かった」彼は静かにそう言うと、私の手から写真を受け取った。指先が触れ合い、昨夜と同じ電気が走るような感覚がした。「良い付き合いもあれば、そうでないものもあった」
「良い方に見えますけど」私は慎重に言った。「お父様のことです」
「そうだった」その言葉は、口にするのが辛いとでもいうように、荒々しく響いた。「何者かが、彼を生かしておく価値がないと決めるまではな」
『何者か』。敵対する組じゃない。抗争でもない。特定の『誰か』。
その衝撃の事実を飲み込む前に、和也のスマートフォンが鳴った。彼は画面を一瞥し、顎にぐっと力が入る。
「この電話に出なければならない。楽にしていてくれ」彼はオフィスに姿を消し、早口のイタリア語で話す声が聞こえてきた。
それから一時間、私の頭は混乱を極めていた。これまで信じてきた事実と、今この目で見ている現実。その二つの間で、必死に辻褄を合わせようともがいていたのだ。
森田英二が語った男は、父を冷酷に殺した山口家の非情な殺し屋だったはずだ。だが、この部屋のすべてが、まるで正義を求め、傷を癒し、過ちを正すことを願う人物像を浮かび上がらせていた。
『もしかしたら、森田さんが間違っていたのかも。もしかしたら......』
「腹は減っているか?」オフィスから出てきた和也は、スーツの上着を脱ぎ、袖をまくり上げた白いワイシャツ姿になっていた。そのラフな格好は、フォーマルな装いよりも、なぜか危険な雰囲気を漂わせていた。
「少しだけ」
「イタリアンは作れるか?」
その問いは、明らかに俺を試すための罠だった。「少しはな」と嘘で応じる。冗談じゃない。この町で二年潜っていた間に、オッソ・ブーコならプロ並みの腕前を叩き込まれた。だが、それを漏らせば、築き上げた偽りの経歴(カバーストーリー)は一瞬で吹き飛ぶ。
「結構だ。今夜、俺たちのために夕食を作ってくれ」
「もし、断ったら?」
彼が一歩近づくと、彼のつけているコロンの香りがふわりと漂った。高価で男性的で、私の脈を速める香り。「なら、俺をがっかりさせるとどうなるか、身をもって知ることになる」












