第3章
瑠美視点
午前三時。目は焼けるように痛いのに、名波谷日報の過去記事をスクロールする手が止まらない。
あった。二〇二一年六月十五日。
【桜道29号線、空港出口付近で悪質なひき逃げ事件。二人死亡。警察は逃走車両の情報を求める】
キーボードを打っていた手が、ぴたりと止まった。
桜道29号線。空港へ続く道だ。
さらに記事をクリックしていく。見出しが目に入るたびに、胸が締めつけられる。
【高速道路での死亡事故、捜査は難航】
【遺族は正義を求める。ひき逃げ事件は未解決のまま】
【四年経過、二人死亡事件に進展なし】
四年間、何一つ手がかりがない。そんなことがあり得るだろうか。
誰かが、見つかるはずのものを徹底的にもみ消したのでなければ。
最初の記事に戻り、今度は一言一句、無理やり頭に叩き込んだ。事故は六月十五日の午後十一時四十七分に発生。逃走した車は【濃い色のセダンで、フロント部分に損傷がある可能性】と記述されていた。
スマートフォンを掴み、梨乃のインスタグラムを開いて二〇二一年まで遡る。彼女の桜原花街からの最初の投稿は、二〇二一年六月十六日付だった。キャプションにはこうある。【新しい始まり😀】
文字通り、吐き気がした。
スマートフォンを置き、両手で顔を覆う。
まず落ち着け、瑠美。あの夜、他に何があった?
牧人は、同じ頃に軽い事故に遭ったと言っていた。大したことじゃない、ただの接触事故だって。彼はまったくの無傷だったと。
でも、梨乃は彼が自分を追いかけて車を大破させたと話していた。
もし、それがすべて同じ夜の出来事だったら? もし、すべてが繋がっていたとしたら?
午前四時。私は震える手でヘアピンを握りしめ、牧人の書斎の前に立っていた。
彼はいつもこのドアに鍵をかけていた。「仕事のものだよ」私が尋ねるたびに彼はそう言った。「機密の顧客ファイルだ。わかるだろう?」
ええ、わかったわ。私がこの四年間、完全な馬鹿だったってことが。
やがて、錠がカチリと音を立てた。私は息を止め、ゆっくりとドアを押し開ける。
窓から差し込む月明かりが、あらゆるものを灰色に、冷たく見せていた。彼の机は、牧人自身のように、きちんと整頓されていた。すべてのものが然るべき場所にあり、少しも怪しいところは見当たらない。
つまり、彼が隠しているものは、よほど深く埋められているということだ。
まずは机の引き出しから始めた。最初の二つは退屈なもので、ファイルや契約書、名刺ばかり。だが、三番目の引き出しは開かなかった。鍵がかかっている。
手がひどく震えて、開けるまでに二度もヘアピンを落としそうになった。
中には、「プライベート」とラベルが貼られたフォルダーがあった。
わかりやすいわね、牧人。
それを引き抜いて開く。一番上にあったのは、探偵による調査報告書。でも、それは両親の事件に関するものではなかった。梨乃についてのものだった。
【対象 梨乃。場所 フランス、パリ。日付 二〇二一年八月】
彼女の写真があった。カフェにいる梨乃。お洒落な通りで買い物をする梨乃。アパートの建物に入っていく梨乃。牧人が雇った誰かが、彼女をつけ回して写真を撮っていたのだ。
さらにページをめくる。二〇二一年九月。二〇二一年十月。三年間、毎月、彼は誰かに彼女を監視させていた。
それから、調査報告書の後ろに挟まれていた渡航費の領収書を見つけた。
パリ、二〇二一年七月。ローマ、二〇二一年八月。ヴェネツィア、二〇二一年九月。
牧人がしていた、あの「出張」の数々。重要なクライアントに会わなければならないと言い、疲れた顔で帰ってきては何も語ろうとしなかった、あの出張。
彼はヨーロッパに飛んでいたのだ。彼女に会うために。毎月、毎月。
ペーパークリップで留められた写真の束を引き抜いた。エッフェル塔での牧人と梨乃。コロッセオでの二人。ヴェネツィアのゴンドラで、彼の胸に頭を預け、彼がその髪にキスをしている写真。
もう見ていられなくて、それらの写真を脇に押しやり、引き出しの奥をさらに探った。何か他のものがあるはずだ。
指先が、一番底にある何かに触れた。古びてくたびれた封筒。誰かが何百回も開け閉めしたような。
それを引き出す。ラベルは貼られていない。
中には一枚の紙切れ。「自動車修理工房」という場所からの請求書で、日付は二〇二一年六月十六日、午前三時十七分。
事故の翌朝だ。
作業内容を読み、全身の血の気が引くのを感じた。
*緊急フロントバンパー交換。ボディ全体再塗装、黒から黒へ。内装ディテイリングおよび徹底清掃。ヘッドライト一式交換。*
車両 二〇二〇年式BMW5シリーズ、黒。
牧人の車だ。
請求書を握りしめたまま、その場にずるずると座り込んだ。部屋がぐるぐると回り続けている。
どれくらいの時間、床に座り込んでいたのかわからない。周りに書類や写真が散らばったまま。外の空が白み始めるには十分な時間。そして、私がついに全体像を理解するには、十分な時間だった。
新聞には、フロント部分に損傷のある濃い色のセダンとあった。牧人の請求書は、真夜中に行われたフロント部分の修理を示している。時系列が完璧に一致する。彼が主導した両親の死に関する「調査」が何も見つけられなかったのは、彼がすでに何が起こったのかを正確に知っていたからだ。
スマートフォンを取り出し、すべてを写真に撮り始めたとき、もう私の手に震えはなかった。彼が何年も前から梨乃に執着していたことを示す調査報告書。彼の出張が嘘だったことを証明する渡航費の領収書。ヨーロッパで撮られた二人の写真。そして、あの夜と彼を結びつける、修理の請求書。
すべてを元あった場所に正確に戻し、再び引き出しに鍵をかけ、その部屋を出た。
自室に戻り、ベッドに腰掛けてスマートフォンの写真を見つめた。牧人と、両親が死んだ夜とを結びつける、動かぬ証拠。
でも、これは一体何の証拠? 彼がそこにいたこと? 何が起こったかを見たこと? それとも、彼が事件を起こしたこと?
これだけでは足りない。絶対的な確信が必要だ。
外では太陽が昇り始めていた。あと数時間もすればみんなが目を覚まし、まるで普通の週末であるかのように、全員で朝食をとるだろう。
そして私は、警察署へ行く。両親の事件を再捜査させる。そして今度こそ、答えを見つけるために誰の助けも借りるつもりはない。
